ゆいま~る多摩平の森 暮らす人々の声

自然に声がけ。コミュニケーションが取れる嬉しさ。


ゆいま〜る多摩平の森
中山満里子さん(81歳)の場合

(入居:2012年4月)

中山満里子さんは主に都立病院・産院の看護師として臨床に、そして管理職として活躍され、退職後も海外で医療ボランティアに参加するなど、まさに看護ひと筋。その中山さんに「多摩平の森」への住み替えの理由、暮らしてみての感想など、じっくりうかがいました。

Q:中山さんは看護師だったそうですね。

中山 ええ、そうです。全部で37年間勤めましたでしょうか。
私は小さい時から看護婦になりたくて、授業中に消しゴムを小さく切って、「はい、おくすり!」なんて言ってお友たちとやりとりしたり。昭和25年に都立の看護学校に入って学業、実習、教科などをやり、国家試験に合格して、都立病院の看護師になったんです。

公務員ですから異動がありますが、主に小児科で、ずっと子どもたちの看護をしておりました。心身障害児者のケアにも携わり、最後は精神科も経験し、管理職でしたが、ただ師長室に座っているのではなく、なるべく現場に行って、皆さんと一緒に行事をしたり。

人様の看護ですからむずかしいことはあります。でも、子どもが好きでしたから、楽しかったですよ。私は独身で、子どもを産んだことはありませんが、人様の子どもさんを育てたり、それこそミルクを飲ませたり、離乳食を作ったり、それをちょいと味見したり(笑)。

Q:住み替えを考えた理由は?

中山 住まいは寄宿舎生活から始まり、次にアパート暮らし。そして40代に入り、自分でマンションを買い、三部屋あり、とても快適な生活を送ることができていたんです。

ただ、今、「孤独死」とか、お子さんがいても親の面倒をみないとか、世の中が昔とは変わってきてますでしょう? それで私もこの先の暮らし方を自分で選ばなければならないと考えたのです。

とくにここ数年は胆石で入院したり、白内障の手術を受けたり、今までは看護師として医療を提供する側でしたが、医療を受けるようになって、初めて患者さんの不安というものを身にしみたということでしょうか。ひとり暮らしなので、この先も何があるかわからないですよね。安心で安全に老後を過ごせる道を、今、元気なうちに選ばなければならないと痛切に感じたのです。

それと、私が住んでいたマンションはエレベーターがありませんでした。5階建ての5階。若い時にはバリバリの現役。階段の昇り降りなんてまったく平気でした。見晴らしがいいから一番上がいい、そう思って決めた家だったのですが、年をとってくると5階まで階段で、というのが厳しい。暮らしていく一番のネックでした。

Q:「ゆいま〜る多摩平の森」を選んだ決め手は?

中山 介護付き老人ホームをいろいろ見て回りましたが、もうちょっと自分らしくというか、まだ元気なうちは自分でいろいろできるところで暮らしたい、という希望がありました。外出もして、自由に過ごしたい。お買い物をして、自分でお料理を作って食べたい。一杯飲みたい。いずれは人様のお世話になって、いろいろやっていただかなければならないにしても、まだ自由に動ける今は、できるだけ自分で暮らせる、そういうところを探していたんです。

「多摩平の森」は、日野市の広報で知って、お友だちと見学に行ったのですが、いろいろ説明を聞くと、まさに私が探していた自由に暮らせるところなので、迷わずここに決めたのです。

Q:お部屋選びのポイントは?

中山 私は約13畳のワンルームに約4.3畳の独立したキッチンがあるCタイプの住居を選んだのですが、何よりよかったのはキッチンが別だったこと。お魚を焼いたり、煮物をしたり、そういう匂いが居間にいかないほうがいいかな、と。 前にいたマンションが51m²で、ここと10m²ぐらいしか変わらない。それもよかったですね。部屋数は三部屋あったので減りましたが、居間が広いので狭くなった感じがしません。

それとここはお風呂とお手洗いが車椅子でも使えるようにと広く作ってあるので、それもいいですよね。今は介護も車椅子も要りませんが、先々のことを考えると安心です。

Q:引越しはスムーズに進んだのですか?

中山 これは少し大変でしたね。捨てるものは捨てる。持っていくものは持っていく。この仕訳は自分で帆をかけてやるしかない。着物にしても洋服にしても、過去2年着なかったものは思い切って捨てました。もったいない…と言っていたらきりがない。だけど、ちょっと迷ったものは持って来ました。

一番困るのはアルバムです。現役の時の白黒写真なんかはみんな捨てました。アルバムを10冊ぐらい捨てたでしょうか。私が死んだらゴミにしかならない。そう思ったら、いつまでも未練がましくするものじゃないと、だんだん思うようになりました。こうなったら「断捨離」(注・やましたひでこさんの生活整理術)です。迷って持ってきたものについて、もう一度仕分けをして要らないものは捨てなければならない。それをしなければと思っているところです。

Q:住んでみて良かったことは?

中山 ここは24時間の見守りがある、ということでしょうか。昼間はフロントの方たち、そして夜は当直のおじさま方がいらっしゃる。その方々がとってもよくやってくださるんです。今日も手すりをきれいに拭いてくださっていて、ありがたいなあ、と。

それと他の居住者の人たちと仲間意識が生まれてきた、というのもあります。今までのマンションも住み心地はよかったのですが、隣は何をする人ぞ、というのはありました。ここは朝、体操の時間があったり、多少年齢差はありますが、皆さん、安心を求めて入居されたということで、同じような思いがあるから、「おはようございます」「大丈夫ですか?」と自然に声かけができる。コミュニケーションが取れる、それがうれしいですね。それでなくても、私は「土瓶」で、横から口を出すほうですけれど(笑)。

Q:「安心」はどういう時に感じますか?

中山 部屋に「緊急」ボタンがありますよね。お風呂場やお手洗いにもある。これがまず安心です。いざという時にはこのボタンを押せばいい。そういう見守りがありますよね。

それと前のマンションは台所がガスレンジだったので、火を止めたかどうか、かなり神経を使っていました。出かけても火を止めたかしら? ガスの元栓を閉めたかな…と不安になって引き返したり。ここはIHの電化タイプなので、一応点検しておけば、あとはオーライ。出火の心配がなくなった、これは大きいですね。

それと安否確認ボードが一階にあり、毎朝10時までにそこへ行って、「今朝も大丈夫ですよ」とマグネットタイプの小さなものを、自分の部屋番号のところに貼り付ける。これを私は「ポッチング」と呼んでいるのですが、それも習慣になるといいですよ。

面倒で苦痛という人もいるかもしれません。でも、私にとっては生活のリズムになっています。朝、お寝巻きのままではなく、きちんと身支度をして、朝ごはんの用意をして7時から7時半ぐらいに行く。いっしょにゴミなども出して、帰ってきてから食事をする。こういう生活習慣が私にとっては大事かなと思っています。

Q:エンドステージはどのようにしたいですか?

中山 私は病院だと思います。家で最期まで、と望む方もいると思いますが、私は一人ですから、家で看てもらえる人がいないわけでしょう。だから病院が最期かな、と。

ただ、たとえば今、病院も入院期間が短くなっているので、治療が終わって帰るように言われたら、「多摩平の森」に新設された「ぐり〜んはぁと」(小規模多機能型居宅介護施設)も利用できると聞き、安心しています。療養型の介護病棟も縮小になっているので、病院を退院しても、介護が必要になったら行くところがないなあと思っていたので、その時はここのスタッフに相談したいですね。

Q:日々の楽しみを教えて下さい。

中山 一番の楽しみはコーラスに行くことです。今、2つのコーラスに入っているのですが、1つは10年目、そしてもう1つは20年になります。7月には20周年の集まりもしたんですよ。

私にとって大事なのは、看護師として働いてきたこととコーラスです。入院している子どもたちのために、よく先生といっしょにクリスマスや七夕など催し物をしたものです。子どもたちが良くなって退院する喜び、それから亡くなった時の悲しみ、喜怒哀楽を身をもって感じてきただけに、人間看護は難しいけれどやりがいのある仕事でした。本当に看護師を選んでよかった。また来世に生まれ変わっても、私は看護師になりたいと思っています。

そして、今の喜びはコーラス。今日も午前中、童謡や唱歌を歌ってきたんですよ。「みかんの花咲く丘」や「手のひらを太陽に」とか。

うちにいるときには、テレビで歌番組を見て、ソプラノで歌う人に、私はアルトなので合わせたり。小さな声ですけれどね(笑)。

編集部:コーラスの仲間、そして入居で出会った新しい仲間、人とのコミュニケーションが何よりうれしいと中山さん。そのオープンマインドで取材にご協力いただきました。ありがとうございました。

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