ゆいま~る那須 暮らす人々の声

<パート2>スタッフとしてオープン前から関わりながら、今は入居者であり同時に食堂責任者


「ゆいま~る那須」の食堂で毎日2食、健康に気を配りながら食事を作り、毎週土曜には食堂で「居酒屋ゆいま~る家」まで開く篠崎美砂子は、「ゆいま~る那須」を運営する株式会社コミュニティネットの社員であり食堂の責任者である。オープン・キッチンに立って働く篠崎は、入居している方々が何かにつけて相談を持ちかける身近な存在でもある。また篠崎自身も、入居者の一人である。58歳のときに、一般社団法人コミュニティネットワーク協会の一員として、ゆいま~る那須の開発検討にかかわり始めた。
パート1>では、開発の初期段階から、開設するあたりまでを語った。
<パート2>では、スタッフ兼入居者の立場から、「ゆいま~る那須」の“今”と“将来”を語る。

対等な立場で“食”を提供し、自分らしく暮らす

ゆいま~る那須
篠崎美砂子(65歳、食堂責任者であり、同時に入居者でもある)の場合

(入居:2010年11月)

Q:スタッフとして立ち上げに関わったハウスに自ら入居したいと思ったのは?

篠崎:
「ゆいま~る那須」の立ち上げに関わったのは58歳のときでした。自分の老後を考え始める頃でしたが、立ち上げに関わる中で私自身がこの那須という場所に癒しを感じました。横浜に長年住んでいましたが、入居条件を満たす60歳になったのを機に入居を決めました。時期をずらして、母と弟、別居していた夫まで入居しました。ただし同居ではなく、A棟の3部屋に別々の契約です。パートナー(夫)は脳出血を起して半身の自由がきかないのですが、ここではほかの入居者の方々が、たとえば配膳などを手伝ってくれます。

それまでに、「ゆいま~る」とは別の二つの高齢者住宅に関わったことがありました。そうしたところでは、どうしてもサービスする側とされる側に分かれてしまいます。もし私がスタッフとして働き続けながらここに入居したら、自分の考えがどう変わるか試してみたくなりました。

実際に入居して、やはり入居者の視点から運営を考えられるようになったと思います。2013年まで初代のハウス長を務めました。その後は食堂の責任者として今に至ります。ゆいま~る那須は木造建築です。やはり木造は暖かいです。何より木の家の中にいると身体が楽で気持ちいい。四季の移ろいを感じ自然と共生している暮しのおかげで、都会に住んでいた頃より、健康になりました。

Q:ここは、普通の老人ホームとは違いますね?

篠崎:
普通ではありませんね。普通は、入居者はもっぱらサービスを受ける側です。でもここでは、私だけでなく多くの入居者が、それぞれのできる範囲で自分の役割を持っていますし、仕事しています。たとえば今日の食堂の昼食に出す蕎麦を打つ人、そしてそれに添える天麩羅を揚げる人も入居者です。送迎車も、入居者が運転しています。またボランティアで、森林ノ牧場の牛のえさやりやグリーン部会での庭の整備、食事の片付けなども入居者が担っています。

また、「ま~る券」というハウス内通貨が流通しています。入居者同士でして欲しいことと出来ることを出してもらい、ま~る券を介してサービスをしたり受けたりする仕組みです。食堂では食券として使えます。たとえば元理容師さんによるヘアカットや家具の組み立て、掃除などを頼む場合にも使え、どのま~る券を何枚渡すかは原則的にサービスする側と受ける側の相対で決めます。ちなみに「ま~る券」は和紙でできているのですが、これまたプロの紙すき技術を持った入居者がつくったものです。

元気に生活するには、社会的につながっている、そして人のために役立っているという実感が必要です。この2点は重要です。

Q:ゆいま~る那須の現時点での課題は何でしょう?

篠崎:
構想段階でも想定はしていましたが、やはり交通の便が悪いことをネックに思われる方がいます。構想の段階では、「不便さを楽しもう!」なんて言っていました。ハウスでも一日4便送迎車を出していますが、やはり自分で自動車を運転して出かけることができないと、自由の幅が狭まります。タクシー会社に相談してみたり、バスを借りるとどのくらいの経費がかかるかなどを検討し、町にも働きかけているのですが・・・。

もう一つは、入居者の高齢化に伴う問題です。現在、最高齢者は91歳。介護保険を使ったサービスを受けている方は7人です。当然ながら時とともに高齢化が進みます。それぞれが自立した生活を送りながらも、もっと“すき間を見守る”ための仕組みを作る必要があるだろうと思います。ここでは介護保険サービスをつなげて在宅介護を実現することになると思うのですが、介護保険サービスのすき間に注意する必要があります。現在でも、入居者がほかの方を見守って、必要であればアシストする例はたくさんあります。最高齢の方が買い物や病院に行く際に同行したり、物忘れの多い方にはメモをとるように助言したり、身体が不自由な人が食堂を利用する際に配膳/下膳を助けたりしています。見守る側の役割を果たしたいと考えている入居者はいらっしゃる。でも、なかなかよい方法は見つからないのですが・・・。

さらにこの先、介護が必要な方が増えてきます。今後、完成期医療福祉部会でも検討していくことになると思います。ただ個人的に思うのは、この食堂を認知症カフェも兼ねる形、サロンのような形にして、もっと地域の人たちと入居者が触れ合える場にできたらいいなと思っています。地域の人たちがもっと出入りする場になれば、ここのコミュニケーションがより多様化して、入居者はもっと気楽に生活できるようになると思います。毎週土曜に食堂を居酒屋にしているのですが、地域の人がかなり来ていただけるようになりました。こういう動きをもっと進めたいと思っています。そして、地域の方と入居者がグループになって、介護サービスを提供することができるとよいなぁとも思っています。

Q:「篠崎さんの作る料理は素材が一番生きる野菜の切り方、火の通し加減。特別な食ではなく、お家のごはんとして毎日食べても飽きません」とスタッフの間でも評判です。最後に、食にこだわり、自立と向かい合ってきた個人として、現在の心境を教えてください。

篠崎:
24歳で結婚しました。でも結婚すると、風邪を引いたときでもご飯をつくらないといけない。夫と子供の部屋があっても自分の部屋はない。とても不自由に感じました。自由になりたい、自立するためにはお金が必要で働かなくてはいけないと思いました。

そして日本で初めて設立されたワーカーズ・コレクティブ「人人」(にんじん)に関わったのは1982年です。生活クラブ生協神奈川の小売店舗(デポー)で飲食店をやったり仕出事業を行いました。地域の一人暮しの方々に自分で配食したいとずっと思っていたので、1989年に大田区で配食サービス「さざんかの会」を立ち上げ、20年ほど続けました。でもお弁当の配食サービスだけでは高齢者が一人で暮らしていくのは難しい。地域に拠点が必要だと感じ、現在の活動に至ります。

そしてこれまでにお話したように「ゆいま~る那須」に入居しながら2013年まで初代ハウス長を務め、そのあと、食堂の責任者として今に至ります。食堂責任者となったのは63歳でした。このとき、実は自分の年齢を実感して、今後はもっともっと自分らしく自由に生きたいと思いました。そうすると、“対等ではない関係”は嫌だと感じました。ハウス長という立場は、権限も責任も伴う。自分には荷が重いと感じました。食堂責任者になってからは、(自分のことはどうでもよくて)自由になったぶん人のために動けるようになった気がします。困っている人を見ると手を出さずにいられない。そして美味しいという声が単純に嬉しいです。食は和やかに楽しく食べることが大切です。私は食を提供する立場ですが、そこには入居者と自分の対等な関係があります。

このように、スタッフ兼入居者という意識が63歳を境に変わりました。管理費も支払う入居者の一人として、サービスするのではなく、どうしたら自分たちの自立を支えられるのかという視点になりました。入居者としての見守り、隣人として隣の人が困っていたら手を貸す、助けたり助けられたりするお互いさまの関係へ移行している感じです。ゆいま~る那須を私がつくる、暮らしやすさを自分自身の問題として主体的に考えるという意識になってきました。

ここの食堂はオープン・キッチンです。食堂は、家庭の食卓のイメージです。“お母さんが横でご飯をつくっている”感じで、入居者の方々が気軽に食堂に来て話をして帰るというイメージです。そこに私自身が立ち、対等な関係でみなさんと接し、自分らしく日々暮らしていると感じています。

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