ゆいま~る花の木ブログ

東京に生まれ育った私が田舎のひとり暮らしへ、 2年半かけて徐々に那須での生活に重心移動


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2019年4月16日の「秩父市生涯活躍のまちをつくる会」に、ゆいま~る那須で生活されている中部典子さんをお招きし、東京生まれ東京育ちの中部さんが単身ゆいま~る那須で生活されるまでの体験談、そして今の暮らしぶりを伺いました。ひとり暮らしもしたことがなかった中部さんは2年半前、まずは東京と那須の2地域居住に踏み出されました。最初は東京での生活を中心にし、徐々に那須での生活の比重を高くして、今は那須が生活の中心になったとのこと。この間に、暮らしの価値観がガラリと変わってゆとりが生まれ、今は「ひとり身の清々しさ」を満喫しているとおっしゃいます。


中部典子さん(ゆいま~る那須在住)●

ゆいま~る那須と契約書を交わしてからは3年ですが、その後半年くらいは空き家状態にしていたので、那須に住み始めたのは実質2年半前ですね。最初のうちは、那須には2~3日居て、その後1カ月くらい行かなかったり。そういう状態から始めて徐々に那須での暮らしが増えていって、今は用事がなければ東京に行かない暮らしになりました。この間は2カ月那須にいて、そのあと東京に10日くらいいて、また那須に戻りました。

今は、なるべく東京では暮していたくないという心境になってきました。感覚としては、那須が地元というか私の家になりました。将来はよほどのことがないと東京に行かない生活になるでしょう。ものぐさなので住民票はまだ東京に置いたままなのですが、気持ちは那須の住民のつもりです。

ひとり身の清々しさを満喫

娘たちも那須だったら来られない距離じゃない。今でも夏休みとか春休みには孫達を連れてきてくれる。それで十分なのです。いっしょに暮そうとは思いません。

それはね、”ひとり身の清々しさ“なんです! 私は結婚するときに実家を出たので、ひとり暮らしをしたことがなかった。ここでの初めてのひとり暮らし、鼻歌が出ちゃって・・・というくらいに楽しい。東京にいたときは「娘との暮らしだから気を使わないでしょう」と言われ、自分でもそう思っていたのですが、それでもまわりに人がいるという状況では、気を使っていたのだなと気付きました。

娘はちょっと心配していたみたいです。父も母も東京の人なので私には田舎というものがないので、「田舎にあこがれているだけじゃない?」って言われていました。でも、みんなといる中で孤独を感じるよりも、(ひとり暮らしの方が)いいですよね。ひとりはひとり、寂しいと思うことはあまりないですね。寂しいと思ったら、ゆいま~るだったらどこかに出かければいいですよね、スタッフの方と話すとかね。ひとりでいたいと思うときは鍵を閉めて家の中に居ればいいし。

ひとりでいることがこんなに気楽なのだということを、60歳を過ぎて初めて知りました。自分の空間にひとりだけというのが、私にはすごく新鮮でよかったし、寂しいと思うことは多分ない。むしろ東京で暮しているときに、娘とはもう少し分かり合いたいと思っても分かり合えないときの方が寂しいと思う。那須のひとり暮らしが寂しいと思うことはないです。

暮らしの価値観がガラリと変わりました

365日那須にいるわけじゃなくて、時々東京で気分転換できるからなのかもしれないのですが、那須に行くたびに那須の素晴らしいところが見つかるのです。最初はゆいま~る那須しか分からないのに、いろいろな温泉に行ってみたり、塩原の方のおいしいコーヒー屋さんを教えてもらって行ってきたり。ほんのささやかな喜びなのですけれど、もう東京にいるときの物欲がだんだんなくなるのです。自然があって、おいしいお野菜があって時に温泉に行けて、それで十分と。すっかり仙人のよう(笑)。

東京にいるときは、私はジーパンでもヒール靴を履いていました。それが今、ヒール靴はほぼ捨てました。1足だけ、冠婚葬祭用の低いヒール靴をとってあるだけです。それから革のカバンもほとんど持たない。革の靴も履きません。だいたいスニーカとかね。

東京にいたときは何だったのだろうって思います。ブランド物のバッグを買いあさったり。それが、そういうものにどんどん興味がなくなって、洋服もけっこう買い替えました。東京にいたときに着たいと思った服と、那須にいるときに着たい服はまったく違う。コットンで、自然にだぼっとしてウエストがないような。そんなものしか着たくない。ぴたっとした服を着ても那須にそぐわないような気がします。革じゃなくて、2000円~3000円のズックのようなカバンに買い替えたり。今欲しいものはね、葡萄のツルのような、なんだか自然素材でできている、いわゆる“かごバッグ”。すごく高いのですけれどね。

自然の中で暮らす楽しさ、東京とはまったく違う楽しみがあって、なにか落ち着く感じがします。東京の家は中央区なので、買い物というと銀座とかに出ていました。ですが、もう今は銀座に行くのは嫌です。デパートに行くときはある程度きちんとした格好をして行きましたけど、今はもうそんなこと・・・(笑)。それにデパートに行っても、買いたいものはない。今は昔ほどお金を使えないということもあるのですが、高いから買えないというのではなく、買いたいという気持ちがなくなりました。すごく素敵なレストランに行きたいとも思わない。むしろ那須で、普段着で行ける自然食のお店にいきたい。

東京で結婚していた時は、けっこう贅沢な暮らしをしていました。東京で生まれ育ったので田舎へのあこがれはありましたが、今のような感覚になるとは、全然予測していませんでした。

東京では食生活にあんなに気を使っていたのに!

体重が、那須の生活で2kg増えました。初めてゆいま~る那須で食事したとき、何を食べてもおいしかった。お野菜とかは、やはり特別な農家と契約しているのかと思って、食堂で作っている方に聞きました。「どこで買っているのですか?」って。そしたら、「イオンですよ」って言われた。東京の住まいの近くにもイオンがありますが、そこではお野菜は一切買わないことにしていたのです。おいしくないの。それで「えっ!同じイオンでこんなに違うの」と思って聞いたら、やはり地場ものが入っていたり、朝取りのお野菜を置いていたり、輸送に時間がかかっていないのですね。あとね、東京とは水が違う。だから東京で同じ材料で作ってもおいしくないのですよ。

コーヒーも同じ豆でも東京で作ったらおいしくない。那須の水で作るとおいしい。だからご飯も、那須の水で炊くとすごくおいしいのですよ。でも普通のお米なのよ。私は食べることが好きなので、それだけでもうれしい。何も気を使わなくても那須のご飯はおいしい。

東京では、娘がアトピーだったこともあって、無農薬野菜を使って、浄水器付けて、すごく気を使ってお料理していました。それに毎日10時間かけて蒸留水を作っていました。お風呂にも浄水器を付けて。そうじゃないと娘は東京では痛くてお風呂に入れないくらい敏感でした。でもその娘が、那須に遊びに来るのですが、那須のお風呂にはそのまま入っています。浄水器を付けないお風呂に。さらに浄水器を付けない水道水を飲んでいます。こういう、思いもしなかった、私にとって素敵なことが、那須に行くたびに増えて・・・。

私がゆいま~る那須を選んだとき、食堂があることはけっこう大きいことでした。もう30年間食事を作ったから、もう料理したくないと思ったのです。ところが、那須に行ったら料理したくなっちゃったのです!昔は義務感でやっていたからきつかったのですね、きっと。それに、前は5人分を作るけどあの子はあれがいいし・・・とかいろんなことを考えていました。強迫観念みたいなものもあった。でも今は、自分が何を食べたいかでいい。簡単ですね。この歳になったら、多少栄養が足りなくても食べたいものを食べればよい。いろんな意味でゆとりができました。

今はね、すごいんです。梅干作ったり、秋には干し柿作ってみたり。お漬物は、もう買うものではなくて作るものになりました。本当に生活を楽しんでいます。いろんな変なものに煩わされることもなく、深く考えてはいないけど、梅干を作っていても楽しい。ジャムも買わないです。梅ジャムを作るし、庭に野いちごみたいなのを作っている方にもらってそれをジャムにしたり。オレンジの皮でママレードとかもね。買ってきた材料ではなく、木いちごを育ててる方からもらったり、山ほどジャムができます。

「面倒くさくない?」って言われるけど、楽しいです。人によるかもしれませんが、あれほど料理をするのが負担だった私が、今はけっこう楽しみながらやっています。今日は、困ったことや嫌なことも話してくださいと言われたので考えながらここに来たのですが、「今は、ないかな・・・」という感じですね。

いろんな会に誘ってもらい、でも人付き合いはそれぞれの流儀で

私は人と話すのが好きだし、今のところは食堂で食事をしているのでそこで話したりしています。あと、いろいろなサークル活動のようなものがあって、たとえば週に1回、割に本格的に温度まで測ってコーヒーを淹れる会があったりします。すごく安いお金で、確か200円か300円でおいしいコーヒーを2杯飲める。もともと喫茶店で本格的にコーヒーを淹れていた方がやってくださる。豆もどこかで厳選していただいたもの。それを飲みながら、みんなでおしゃべりしたりします。

私はしないけど、マージャンなんかは週に2~3回やってますね。ほかにピアノの先生がレッスンに来たり、みんなで歌う会とかいろいろあります。たとえば1人だと面倒くさいから行かないようなものでも、「行かない?」って誰かが声をかけてくれると行く気になって、行ってみるとまたそこで知らない人と話ができたりする。

そういうことが嫌な人は、ずっと家で食べていたりするのだと思います。そういう方もいらっしゃるようです。避難訓練のときしか顔を見掛けない人もいらっしゃる。避難訓練は基本的に全員参加しましょうということになっているので。

こんな風に、私にとって不都合なことはあまりない。強いて言えば、朝10時までに安否確認のサイン(部屋の前の専用場所にマグネットをつける)を出さないといけないことかな。本当にたまにですけれど、夜更しするときがあるのでね、ピンポンされても寝ていたいと思いますしね。

できれば最期まで暮らすために、入居者同士の助け合いも必要

できれば、ゆいま~る那須で最期まで、という思いはもちろんあります。娘に介護してもらうようなことはあてにしない。老後は基本的にひとりで過ごすと考えています。

今のゆいま~る那須にも94歳の方がいらっしゃる。お元気でしゃきしゃきしていらっしゃる。でも、認知症がひどくなってグループホームに移られた方もいます。だから、そういう風に認知症になったとか足腰が弱ってきたら他のところに移ることも考えられます。でもその時は、入居費用とかがまたかかる。私も金銭的にゆとりがないので、そういう入居費用が払えるかすごく不安なのです。だから、昨日までは元気だったのに次の日に起きてこなくて亡くなっていた、みたいなことになれば理想です。

そう理想どおりにはいかなくて、介護が必要になったときに一番不安なのは金銭的なことだという話を、ゆいま~る那須でしたときに、やはり同じように思っている方が何人かいらっしゃった。すごい方は、「もう絶対救急車は呼ばないで」って言う。変に助かるとそのあとお金がかかるから、倒れたらもう手を出さないでと言う人もいるくらいなのですよ。やはり老後資金がないというのは大きな不安です。

でも全員が認知症になったり動けなくなったりするとは限りません。なかには20年も30年も元気な人はいるでしょう。だから、なるべくゆいま~るのなかで助け合えるシステムというか仕組みをつくりたいですね。たとえば、ゆいま~る那須は坂もあるので、食堂まで行けなくなったとき、スタッフの方に食事を部屋まで運んでもらうと100円くらいする。もし夜だけ運んでもらうと月に3000円。昼も運んでもらうと月に6000円かかる。本当に預金がなくなって年金だけで暮さないといけなくなると、この金額はやはり大きい。だからスタッフに運んでもらうのではなくて、私たちが運んでもいいのではないか。何十人分も運ぶわけではないから、元気な人が無料で、ボランティアで運んであげる。いずれは自分もそうなるかもしれないのだから。

これは今でもやっているのですが、1人で歩くのはちょっと不安という方がいると、元気な方が迎えに行っていっしょに食堂まで行くんです。こういう、無料というか好意でつきそいをしている方がいる。家を売ったりして裕福な方もいらっしゃるけれど、私のように何もなく、ほぼ年金だけで暮らす人もいます。そういう助けてほしいという声が挙がってきたら、みんなで話し合って、なるべくお金がかからない方法を見つけたい。そうすれば、あそこの中で、ある程度までは暮していけます。

寝たきりになっても、ゆいま~る那須で暮らせると言う方もいます。ヘルパーさんの資格を持っている方や、看護師だった方も入居しています。そういう方がすごく安いお金で、寝たきりになった方のケアができるようになったらいいですよね。できればあの中で死にたい、施設に入らずにね。だから施設を使わずに、あそこにどこまでいられるかを、スタッフの方だけじゃなくて住んでいる方も協力してこれから作っていかなくちゃいけない・・・かなって思います。

 

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