先日、13日に迎え火を、16日に送り火を焚きました。
迎え火の時、男性の居住者、Tさんが「今日はご先祖様に謝る日だ」と仰って、周りの皆さま笑っていましたが・・・
送り火の時は少ししんみり。
ご先祖様の霊を優しく、静かにお見送りされていました。

夏と言えば花火。ゆいま~る拝島からは横田基地の花火が綺麗に見られます。ドドーンと大きな音と共に夜空に舞うキラキラした光。居住者Nさんは、花火の日はビールとおつまみ用意しなきゃ!と仰っていましたが、さてはてビール片手に花火を楽しまれたのでしょうか。

今年の夏は「尋常ではない暑さ」とニュースで耳にします。皆さま、体調を崩されませんように・・・。

藍染に魅せられて

今月22日、晴天の夏空の下、約3年ぶりに藍染教室を開催!
朝から参加者、スタッフはお祭り気分でウキウキしています♪

長年、藍染アドバイザーをしている居住者のOさんが、染めたいものを見て
どんな模様、配置にしたらいいのか適確にアドバイスをしてくれますので
はじめてでも、心配なく楽しく参加することができます♪

手順として、染めたいものに模様つけから開始~
白いブラウスを持参されたYさんは、ビー玉を前後に数か所入れて輪ゴムでくくります。

ビー玉を大小使用すると、模様の大きさが違っておもしろい!
できたら水洗いをして、よく絞ってから藍染液に入れて3分待ちます!

あれ?3分と言えばカップラーメンタイム!冗談はさておき~
取り出すと・・・えぇっ!? なぜか緑色!?
不思議な感じがしますが、空気に触れると藍色に変身!
さぁ~っ、どんな模様になったのか?ワクワクする瞬間!これが一番の楽しみ!
ビー玉を取り出してみると、素敵な模様が完成~
世界に一つしかない模様。生まれかわったブラウスはどうでしょうか?
きっと、お気に入りの1着になるでしょうね♪

ストールの模様は、まるで夏の風物詩・花火そのもの!
真夏の空と藍染の色がマッチして涼を感じさせてくれます。
完成した作品をOさんに見ていただきます「どう?素敵になったでしょう♫」と満足のHさん。

他の作品を見ながら、どうしたらこんな模様になるの?
今度、やってみようかしら? みなさん意欲的。
何回も参加している居住者は、藍染のコツを掴んでいて粋な作品に仕上がっています。
難しく考えずに、こうしたらどんな風になるのかなぁ??と冒険する気持ちで
模様作りをすると意外にも、粋な模様が完成するようです!!

仕上がった藍染の作品は、ひとりひとりの個性が現れています。
同じ作品がないのが魅力!藍染展示会のようで、心が癒されます!!
次回も開催予定。藍染の作品をブログで紹介しますので是非ご覧になってください♪

8月予定表

「ゆいま~る花の木」および「秩父市花の木交流センター」では居住者および地域の方向けに、2023年8月に以下のカレンダーのとおり、活動・催事を予定しています。

新型コロナウイルス感染予防対策をしっかり行って、密にならないよう注意しながら開催していますので、安心してご利用ください。

なお、予定が変更になることがありますのでご了承ください。詳しくはお問い合わせください

主な予定

2023年8月4日 (金)

11:00~
ぽっぽ販売

2023年8月3日(木)、10日(木)、24日  (木) 、31日(木) 

13:30~15:00
フレイル予防教室(不定期の木曜日全10回開催)

2023年8月6日(日)、20日 (日)

14:00~15:00
歌の広場

2023年8月24日(木)

9:30前後
資源回収(障がい者活動支援センターキックオフ)

2023年8月2日(水)、9日(水)、23日(水)、30日(水)

10:00~16:00
マッサージ(有料。予約)

嫌々住み替えたけれど……今は自然体で、ゆるやかなつながりを楽しむ

「どうぞ」と明るい表情でお部屋に迎え入れてくださった下田聖子さん(80歳)。ブルーの夏らしいシャツがお似合いのお元気なシニア代表という印象です。じつは、意に染まない住み替えで、引っ越し当初は、どんより、落ち込んでいたそうです。「ゆいま~る多摩平の森」に来てもうすぐ2年。この間、どのように今の下田さんに変わられたのでしょうか。お話を伺いました。

ご自身の作品「手」を持ち、味元ハウス長とお話される下田さん

――「ゆいま~る多摩平の森」に住み替える前はどちらにいらっしゃったのでしょうか。

「埼玉県に住んでいました。8年前に都内に所有していた土地を処分し、埼玉に住宅を購入したんです。そのままずっと暮らすつもりでいました」

――住み替えのきっかけは?

「娘の提案ですね。娘主導です。
夫が4年前に亡くなりましてね。『同級生の中でも若く見える』と誇りにしていて、私より長生きすると思っていたのに……。そのころ、手足のしびれも出てきて、ふさぎ込むことが多くなりました。
そんな様子を見て娘は、『もっと活気のある所へ引っ越した方が元気になる』『巣鴨がいいんじゃないか』と、いろいろ提案してきたのです。私は『そんなところへ行くのはいやだ』『住宅を処分するにも中古だから売れない』『もう終わったからいいの』と言い張っていたのですが、娘は、自分の住んでいるところに近い「ゆいま~る多摩平の森」を探してきて、『ここのスタッフに会ったけど、あの人なら大丈夫よ!!』と言うんです。『一度、見学だけでいいから行ってみて!!』と熱心に進められたのですが、見学だけではすまないな、と私は思いました(苦笑)」

――見学には行かれたんですか。

「あまり何度も言うもので行きましたよ。たまたま一室だけ空いていたのですが、娘は住み替えしない選択肢なんてありえない、しなかったら親子の縁を切る、という勢いでした。娘の家から20分くらいと近いし、私が具合が悪くなった時も駆けつけられるから、と。私は、そのころ落ち込んでいたし、この先そんなに長くないだろう、娘の顔も立てて、とりあえず申し込みはしようと思いました」

――住み替えを決意なさったのですね。

「見学をして申し込んだのが11月初めのこと。引っ越しは来年でもいいやとのんびり考えていたら、娘がどんどん荷物の整理を始めて、『とりあえず、冬物衣料だけ持って行っていけばいいし、もし嫌だったら戻ってくればいいじゃない』と、引っ越し準備を進めてしまったのです。娘は整理整頓というか、断捨離の才があるんです。いる・いらないを瞬時に決めて、パパッと処分しちゃう。『私の子どもの頃の写真? いらない』『本棚なんて持ってきたら床が沈むわよ』と却下。この部屋に合う照明や家具をそろえ、レイアウトを決めたのも娘。なにか楽しそうにやっていましたね。まあ、私も具合が悪いし、乗っからざるをえなかったのです」

――娘さん、すごい行動力ですね。

「見学から1カ月もたたない11月下旬には引っ越ししてきました。じつは、引っ越し前日に、やはり行きたくないと娘に言って、最後まですんなりいきませんでしたけどね」

――それでも決意なさった理由はなんでしょう。

「一番は、自分で歩くのが大変になったことですね。脊柱管狭窄症で、かがむことや、重いものが持てなくなってしまった。前の家では、庭の手入れをすることが好きでしたが、そういうことができなくなったということが大きいですね。夫が亡くなってからも、夫のものの整理もできずにいて。当たり前のようにできていたことができなくなった、それが一番の理由です。
ものを考えられなくなったというか、判断力もなくなりました。文字を書こうとすると手が震えるようになり、整形外科的なことか、内面的なことかわかりませんが、そういう不安もあったと思います」

――新しい暮らしには慣れてきましたか?

「それがだんだん日が経ってくると、死なないんじゃないか、と思ってきて。
前住んでいたところも悪くなかったけれど、こちらのほうが便利。近くにイオンモールがあり、そこで大体のものは揃います。近くとはいっても、行きはいいけれど、帰りは荷物があってフーフーです。それでも少しずつ生活に慣れてきました。
なにか迷うことがあったら、すぐに聞ける人がいるのがいいですね。前は悩みがあっても、もんもんとするだけで、孤独死するのかなあと考えてしまったり……。ここでは、わからないことや不安なことがあれば、ちょっとフロントで聞いてこよう、と。それはよかったな、と思いますね」

――「ゆいま~る多摩平の森」での暮らしはいかがですか。

「自由な暮らしができるのがいいですね。これまで、高齢者住宅自体もよくわからず、介護施設という印象しかなかったのですが、ここは違いますね。
基本、自炊で朝昼晩作りますが、週3回くらい、ゆいま~る食堂で配食※を頼んでいます。食堂で食べてもいいのですが、私は好きな時間にゆっくり部屋でとりたいので配食をお願いしています。たまに、仏壇に向かって『お父さん、いきますか!!』とビールを飲んだりしています」
※15名くらいの方が配食サービスを利用。昼食・夕食対応で、おかずだけでも利用できる。

ゆいま~る食堂昼食の一例。白身魚のフライはおろしポン酢でいただきます

――引っ越しして、気持ちが切り替わりましたか。

「今は自分のことだけを考えればいいですからね。娘も、お母さんは元に戻った、と感じているようです。
判断力は戻ったけれど、脊柱管狭窄症は進行していますね。しびれから歩行が少し悪化したので、要支援1の認定を受けました。こちらでの生活が落ち着いてきたころ、フロントから声掛けがあって、デイサービスに通うことになりました。埼玉にいたときは、器具を使った体操教室に通っていたんですが、そうでないほうがいいと希望し、フロントから地域包括支援センターのケアマネさんにつないでもらい、2カ所見学に行きました。そのうち一つが気に入って、今は、週1回、午前中通っています」

――さまざまな趣味がおありだと聞きました。

「わりと昔から多趣味で、版画、彫刻をやっていました。夏休みに一般の人を対象に芸大の先生が教えてくださる、という講習に行ったこともありました」

作品を手にする下田さん
ゆいま~る多摩平の森に咲いていたヤマボウシのスケッチ

       ↓  ↓  ↓

デッサンから見事な刺繍に!!
版画による賀状を手作り

 

――力作ぞろいですね。

「本当は、登山をしたり、山野草を見たりなど、からだを動かすことが好きなんです。都会でも日本の野草園をつくるというのが夢で、前の家の庭で楽しんでいたのですが、歩いたり土仕事をすることができなくなりましたから。やりきったのよ、もういいのよ、と思うことにしています」

――日々の暮らしで気をつけていることはありますか。

「あまりないですよ。規則正しくしようとは思わないけれど、朝は日が入ってきてしまうから、否応なく目が覚めますしね。安否確認は忘れずに行きます。日によっては手足の調子が良くなくて、『さあ、行くぞ!!』と掛け声をかけて買い物に行く……そんな感じです」

――自然体で暮らされている印象です。

「ほかの人が当たり前に歩いている、電車に乗って好きなところへ出かけている、でも自分はできないんです。他人事のように思っていたけれど、自分の身に起きてしまった。それがなかなか受け入れられませんでした。でも、仕方がない、それが老化ということだし、病気なんですから。できることしかできない自分を受け入れるしかない、そう思えるようになりました」

――徐々に受け入れつつ、これからも自然に暮らされていく、と。

「私自身はもう充分。健康寿命も延ばさなくていいわ(笑)。ここの居住者の方たちもいろいろな方がいらして、その生き方を学びながら、動けるところは自分でも動いて、と思っています。
ある居住者の方が『終末期もここで迎える』と言っていました。私は、延命措置は望まないし、何もしないで、と娘にも話しています。昔は、風のようにふわっといなくなればいいなと思っていたけれど、そんな簡単に死ねませんからね。自分の意思として、延命措置、過剰な医療は望みませんと示すつもりです。私もできればここで、最期を迎えられればいいなあと思っています」

――居住者の方たちとのお付き合いはどうでしょう。

「皆さん、安否確認の時にお会いすると、気さくにあいさつしたり『なんてお名前なの』と聞いてくれたりしますね。私は、積極的に友だちをつくろうとは思わなくて、『ここまで』という線引きをしています。お惣菜を作り過ぎたので『食べない?』と電話してお届けしたりしますけど、玄関先まで。オフィシャルなこと以外は聞かない、と決めています。
70歳、80歳まで生きてきた人たちだから、見ていればその人の生き方はわかります。『ああいうふうに生きたい』と思える方を参考にしたいです」

――現役時代は、ご夫妻で設計事務所を経営されていたそうですね。

「施工図設計を専門に行う設計事務所で、私は経理を担当していました。娘に引き継いで、設立43年。税理士さんに『30年続いたらすごいですよ』と言われました。
お金に関しては、わりときちんとしているんです。利益を出し、税金を払い、給料を払うということを常に考えて守ってきました。夫に『もっと気持ちよく私にお金を出しなさい』と言われたこともありますが、『会社のお金ですから』と、決算はピシッとやりました。零細企業ですけれど、娘は私に蓄財の才はあると、それだけは認めているんです。「ゆいま~る多摩平の森」に来ても、『お母さんがお金のことで私を頼ることはあるまい』と思っているはずです(笑)」

お気に入りのライオンズのシャツの前で

引っ越し当初の下田さんについてハウス長に聞くと、「下田さんの感情は置いてきぼりで、敷かれたレールに乗るしかないという感じでした。どうしてここに来てしまったんだろうというような、〈後ろ向きに玄関を入る〉ような雰囲気でした」という。慣れるまで数カ月、フロントスタッフが毎日のように訪問して寄り添ったそうです。今では「ご自分のレシピをフロントスタッフに提供してくださったり、素敵な作品を見せていただいたりと、楽しませてもらっています」とのこと。ご本人を中心に、スタッフ・ご家族・ケアマネ・デイサービスが連携し、下田さんがもともと持っているプラス面がうまく引き出されてきたのかな、と感じました。これからも、無理なくできる範囲で、すてきな作品を作っていただきたいです。(2023/7/7インタビュー)

 

バーベキューを楽しみました♪

夏本番を迎え、ハウス駐車場でバーベキューを計画しましたが

当日はあいにくの空模様となり、室内で行なうことに。

 

材料の下ごしらえはベテラン主婦の皆さんにお任せです🔪

「みんなが食べやすいように小さめに切った方が良いよね。」

「コレくらいでいいかな~?」

華麗な手さばきでドンドン野菜を切っていきます。

 

いよいよ調理開始♪

‟北海道と言えば” のラム肉🍖はもちろん、以前好評だった焼きそばや

ジャガイモもあります。

(厚沢部はメークイン発祥の地です!)

 

焼きあがったらみんなで「いただきま~す🍴」

「おにぎり大きいね。全部食べられるかな~?」

「焼きそば食べるの久しぶりだね。」

「お肉柔らかくて美味しい。おかわり!」

皆さん、とても美味しそうに召し上がっていましたが、ホットプレート

ではなく、屋外でのバーベキューならもっともっと美味しかったに

違いありません。

ん~残念。(次回リベンジですね♪)

 

それでも「ありがとう!楽しかったよ!」と声を掛けていただき

喜んでいただけたようで良かったです♪

 

今後も様々な催し物を企画して、皆さんの笑顔をたくさん見たいと

思います。

 

2023/7/25 更新 全国の「ゆいま~る」に〈暮らす人びとの声〉タイトル一覧

「ゆいま~るに暮らす人びとの声」のタイトル一覧です(全ハウス分)。「ゆいま~る」へ転居するに至った経緯、そして「ゆいま~る」での暮らしを語っていただいています。

目次

1.女性おひとりさまのケース
2.男性おひとりさまのケース
3.おふたり入居のケース

※1.親しいひととの「近居」のケース(子世帯の家の近くで、親が独立した生活を送る暮らし方が増えています。兄弟姉妹や、友人の近くに「近居」するケースも少なくありません)
※2.最期の看取りまでを振り返って
※3.お宅にお邪魔して、暮らしを写真で紹介
※4.人生100年時代の暮らし【番外編】

1.女性おひとりさまのケース

■ゆいま~る多摩平の森(2023年7月25日)
嫌々住み替えたけれど……今は自然体で、ゆるやかなつながりを楽しむ

■ゆいま~る都留(2023年4月7日)
都留の自然に魅せられて~命を感じながら、日々感謝して暮らしています

■ゆいま~る聖ヶ丘(2023年1月24日)
新しいことは「面白い」、失敗しても「楽しい」――80代の素敵な生き方

■ゆいま~る福(2022年12月29日)
70代で住み替えてよかった!!健康を維持しながら自由な暮らしを楽しんでいます

■ゆいま~る花の木(2022年11月25日)
皆さんと仲良くなって、顔見知りを多く作りたい

 ■ゆいま~る神南(2022年7月29日)
「ゆいま~る神南」にはささやかだけれど私を癒してくれるものがある

■ゆいま~る花の木(2022年5月20日)
脳、からだ、手先を使って、楽しんでいます

■ゆいま~る聖ヶ丘(2021年12月16日)
夫がプレゼントしてくれた自由な時間で、有意義な毎日を過ごす

■ゆいま~る都留(2021年11月24日)
多様性を受け入れる土壌がある都留市で60歳から第二の人生

■ゆいま~る多摩平の森(2021年10月28日)
人生一度きり。楽しむのが一番! それが大前提です

■ゆいま~る福(2021年9月28日)
ボランティアを通して元気をいただいています~かつてのスポーツ少女は今でもアクティブ~

■ゆいま~る中沢(2021年8月13日)
忙しくも充実した人生後半期を楽しむ

 

ゆいま~る高島平(2021年7月13日)
最高齢居住者に聞く「できるうちは無理してもやろうという気持ちで!!」

■ゆいま~る伊川谷(2021年6月16日)
自由な暮らしを維持しつつ、安心も確保!!  人生万歳です

■ゆいま~る拝島(2021年2月22日)
年を重ねて変化しても自分らしく暮らす

■ゆいま~る中沢(2020年12月23日)
私の「しん」は、好奇心と冒険心

■ゆいま~る花の木(2020年12月22日)
子離れして、すべてが自由で自分の責任となる「ひとり暮らし」を選択。花の木交流センターでの仕事にも挑戦

■ゆいま~る花の木(2020年12月15日)
1Kはひとりで暮らすには十分の広さ。自分のために使う時間を楽しんでいます

■ゆいま~る福(2020年11月17日)
仲の良かった夫を亡くし、60代で住み替えを決意!! ~自由と広さと安心が決め手でした~

■ゆいま~る伊川谷(2020年10月20日)
「駅近」と「窓からの景色」か魅力。満足しています

■ゆいま~る多摩平の森(2020年9月15日)
健康の秘訣は「あえて不便な暮らし方」

■夫を亡くして一人暮らしから、ゆいま~る聖ヶ丘へ(2020年8月13日)
住み慣れた多摩市で、ていねいな暮らしを実践中

■一人暮らしから、ゆいま~る都留(2020年7月15日)
元気なうちに住み替えて成功! 都留での暮らしを満喫中

■一人暮らしから、ゆいま~る高島平(2020年6月16日)
生活利便で、フロントとの距離感もちょうどいい

■一人暮らしから、ゆいま~る大曽根(2020年5月7日)
岐阜県でのクルマ生活から、名古屋の都市交通使い放題の生活へ

■一人暮らしから、ゆいま~る大曽根(2020年3月26日)
60代で転居、団塊の世代が押し寄せる前に決めました

■一人暮らしから、ゆいま~る神南(2020年1月21日)
88歳で娘の近くに越してきた、家の処分は子どもの負担になるから自分で整理

■一人暮らしから、ゆいま~る神南(2019.12.25)
“近居”を選んだ。でも束縛されない暮らしを楽しんでいます

■一人暮らしから、ゆいま~る神南(2019年7月24日)
81歳で自活生活を楽しんでいます、自転車に乗って地域を探検したり、図書館で本を借りたり、買い物に出かけたり

■2地域居住を経て、ゆいま~る那須へ(2019年5月8日)
東京に生まれ育った私が田舎のひとり暮らしへ、 2年半かけて徐々に那須での生活に重心移動

■夫は自宅にそのまま、私だけでゆいま~る大曽根へ(2018年5月1日)
1階にある「ソーネおおぞね」のカフェで働いています

別の高齢者住宅から、ゆいま~る大曽根(2018年4月3日)
部屋が狭くて要介護の方が多かったけど・・・、ここは自由度100パーセント

一人暮らしから、ゆいま~る大曽根(2018年2月20日)
私が生まれた場所から徒歩30分、気持ちが楽になりました

■ゆいま~る福で暮らす4人が座談会(2017年5月24日)
「ゆいま~る福」転居のビフォア&アフター、本音で語ろう!

一人暮らしから、ゆいま~る福(2017年5月9日)
子どもの反対と応援で心は揺れたが、
暮らしている人びとの活気が住み替えの決め手に

■一人暮らしから、ゆいま~る福(2017年3月7日)
70歳のとき、あるきっかけで住み替えを決心、
未知の老齢期を最期まで生ききる

■一人暮らしから、ゆいま~る福(2017年2月4日)
これまで通りの暮らしを続けられる終のすみかに引っ越した
―――― 安全も大事だけど安心が一番

■一人暮らしから、ゆいま~る福(2016年11月17日)
母の介護を通して、自分の身の始末は自分でという思いに

■一人暮らしから、ゆいま~る福(2016年11月17日)
「施設」ではなく、「引っ越して」今までどおりの暮らし

■ゆいま~る那須(2016年10月27日)
年金で「豊か」な暮らし—独学で畑仕事を楽しむ日々

■ゆいま~る那須(2016年07月07日)
スタッフとしてオープン前から関わりながら、
今は入居者であり同時に食堂責任者
<パート1>開設2年5カ月前に、那須に住みたいと希望の方々と検討が始まった

<パート2対等な立場で“食”を提供し、自分らしく暮らす

■一人暮しから、ゆいま~る那須 (2016年03月10日)
オープンの1年半前から参加して、自分流を貫いて快適な部屋にした

■ゆいま~る那須 (2015年04月15日)
過ごしやすいゆいま~る那須をつくっていきたい

■息子夫婦や孫と同居から、ゆいま~る那須 (2015年06月02日)
自分で切り拓くことの素晴らしさ

■一人暮しから娘さんの近くに、グループハウス中沢(2014年10月23日)
毎日の日課は散歩、たわいものない会話ができる喜び

■一人暮しから、グループハウス中沢(ゆいま~る中沢) (2014年10月23日)
有料ショートステイを利用後、グループハウス中沢へ

■一人暮しから、グループハウス中沢(ゆいま~る中沢) (2014年10月17日)
できることは自分で、ここは大きな一つの家族

■リハビリ病院への入院待機、有料ショートステイ なかざわ(2013年09月19日)
利用1日目から表情がイキイキしたんですパートナーにインタビュー)
(ご自宅に戻られた後に、ご本人に聞く)

■愛犬といっしょの一人暮しから、ゆいま~る聖ヶ丘 (2012年10月15日)
足が不自由な姉とふたり暮らし。姉の施設入所で愛犬と転居

■一人暮しから、ゆいま~る多摩平の森 (2012年10月01日)
自然に声がけ。コミュニケーションが取れる嬉しさ。
最期は病院だと思うけど、退院させられても「ぐり〜んはぁと」があるから安心

■ゆいま~る伊川谷 (2012年09月27日)
60代で引っ越し“気力体力のあるうちに”
「駅前約1分」の便利さが選択の決め手

■母を亡くして一人暮しから、ゆいま~る那須 (2012年09月27日)
東京が恋しい日々もありながら、週末カフェでボランティア
那須に来たからこその出会いを大切に

2.男性おひとりさまのケース

 

 

 

■ゆいま~る拝島(2022年3月28日)
山と仕事とスケッチと~登山と百貨店業界を極めた居住者が語る「ゆいま~る拝島」での暮らし

■ゆいま~る伊川谷(2022年2月24日)
日常を大切に「気持ちだけはボーイ」で暮らしたい

■一人暮らしから、ゆいま~る高島平(2022年1月21日)
「いろいろな所へでかけるのが好き」1日おきの外出で「自立」を保つ

■一人暮らしから、ゆいま~る那須(2021年5月25日)
「豊かなコミュニケーション」の中で味わう充実した暮らし

■一人暮らしから、ゆいま~る高島平(2021年4月27日)
ゴルフと運転が楽しみ。動けるうちは動きたい!!

■一人暮らしから、ゆいま~る都留(2021年3月25日)
週5日勤務、お元気で多趣味!! 秘訣は生活リズムを保つこと

■ゆいま~る中沢からグループハウス中沢(2021年2月16日)
居住者に聞く戦争体験「14歳で海軍へ。たまたま助かった命」

 

■ご夫婦で入居からお一人に、ゆいま~る中沢(2020年7月8日)
登山と写真で彩りのある暮らしを楽しむ

■一人暮らしから、ゆいま~る神南(2019年12月3日)
マイペースに暮らせて仕事場が近い。 正直言って、快適です!

■マイカー不可欠の一人暮らしから、ゆいま~る神南(2019年12月3日)
妹の家からクルマで15分、しっかり検討し実行できる今のうちに越してきた

■入居3カ月目に入った時点の心境、ゆいま~る大曽根(2020年6月3日)
10年使ってきた杖が、なんと入居してから2カ月程度で不用になった

■一人暮らしのマンションで2度倒れ、ゆいま~る大曽根(2018年2月20日)
子どもと同居より、やはり自由な1人暮らしで「不満なく適当にやってます」

■夫婦で入居したが今は一人暮らし、ゆいま~る拝島(2017年5月2日)
その人の気分しだいで、楽しむ暮らしはたくさんある

■一人暮しから、ゆいま~る高島平(2016年09月3日)
“放し飼い”の自由を謳歌して水泳三昧
―――― 孤独死を心配していた子どもたちも一安心

■一人暮しから、ゆいま~る高島平(2016年04月12日)
高齢者だけの集団に束縛されたくない
私には、都会にあって自由なここしかない!

■一人暮しから、ゆいま~る那須 (2015年04月15日)
僕が選んだ部屋は敷地の隅っこ
世捨て人願望のある僕が昔を懐かしむのにぴったり

■ご両親を看取ったあとの一人暮しから、ゆいま~る聖ヶ丘 (2013年01月12日)
大病した身で 一軒家の維持は大変でした

■息子さんとの二人暮しから、ゆいま~る多摩平の森 (2012年10月09日)
交通の便が決め手。ポジティブでアクティブな専業主夫ぐらし

 

3.おふたり入居のケース

■親の介護も終わって、ゆいま~る神南(2019年8月6日)
「分散型」で「全室南向き」が決め手。夫婦で選んだ「のびのび生活」

■都心での暮らしから、ゆいま~る花の木(2019年9月10日)
東京生まれ東京育ちの自分たちに「田舎ができた」

■母と娘で東京多摩市から、ゆいま~る那須 (2016年11月8日)
自然に囲まれ、母の笑顔が増えた!
――東京にいるときよりアクティブになった母

■娘・孫との同居から、ゆいま~る聖ヶ丘 (2012年09月30日)
両親の介護を経て。「介護はプロに」二人で暮らす気楽さ

■二人暮し、ゆいま~る那須 (2015年04月15日)
自由にのびのび暮らしたい

■要介護状態の妻との二人暮しから、ゆいま~る那須 (2012年10月09日)
周囲の人たちに見守られながら”母ちゃん”と暮らす

■要介護1の夫との二人暮しからセカンドハウスとして、ゆいま~る拝島 (2012年12月25日)
わたしがこの暮らしを選んだのは…

 ■認知症の妻との二人暮しから、ゆいま~る中沢 (2013年05月15日)
娘がリードして転居、決め手は「今と先々の安心」でした

■有料老人ホームから、グループハウス中沢(2013年09月19日)
娘の家から徒歩5分、入居で得たのは「父と母の再生」でした。

 

※1.親しいひととの「近居」のケース

(子世帯の家の近くで、親が独立した生活を送る暮らし方が増えています。兄弟姉妹や、友人の近くに「近居」するケースも少なくありません)

■種子島での一人暮らしから、ゆいま~る中沢(2022年9月30日)
息子が母を「呼び寄せ」ました!母「九州から息子たちの近くへ。少しずつ慣れています」息子「見守りがあって安心。ひんぱんに母を訪ねたり泊まったりできる自由がもあります」

■一人暮らしから、ゆいま~る神南(2020年1月21日)
88歳で娘の近くに越してきた、家の処分は子どもの負担になるから自分で整理

■一人暮らしから、ゆいま~る神南(2019.12.25)
“近居”を選んだ。でも束縛されない暮らしを楽しんでいます

■マイカー不可欠の一人暮らしから、ゆいま~る神南(2019年12月3日)
妹の家からクルマで15分、しっかり検討し実行できる今のうちに越してきた

■一人暮らしから、グループハウス中沢(2014年10月23日)
体調で不安を感じて娘の近くへ~毎日の日課は散歩、たわいものない会話ができる喜び~

■有料老人ホームから、グループハウス中沢(2013年09月19日)
娘の家から徒歩5分、入居で得たのは「父と母の再生」でした。

 ■認知症の妻との二人暮しから、ゆいま~る中沢 (2013年05月15日)
娘がリードして転居、決め手は「今と先々の安心」でした

※2.最期の看取りまでを振り返って

■一人暮らしから、ゆいま~る拝島(2016年11月16日)
自分らしく暮らし、父はゆいま~る拝島で最期を遂げた
―――― 認知症を患い要介護度は5に進んだが自室で大往生

■グループハウス中沢での夫婦2人の看取り(2018年3月22日)
「ゆいま~るで過ごした幸せな日々」、看取りも葬儀もすべて行える喜び

■いっしょに入居した母を看取り、ゆいま~る那須(2017年11月1日)
暮らし、見守り、見守られ、生き切り、逝った母

■「ゆいま~る中沢」での、最期までの暮らし方事例
お身体の状態に合わせて、柔軟な暮らし

※3.お宅にお邪魔して、暮らしを写真で紹介

■ゆいま~る大曽根<男性おひとりさま>

■ゆいま~る大曽根<女性おひとりさま>

※4.人生100年時代の暮らし【番外編】

■ゆいま~る那須の入居者Hさんの個人ブログ
川崎で母の介護をしながら、自分の老後の安心は「ゆいま~る那須」に確保しました

■ゆいま~る福の入居者座談会(2017年5月24日)
入居者が語る~高齢者住宅の暮らし~

『スターバックスコーヒーツアー』

こんにちは。スタッフの浅野です。

7月11日(火)に、大阪の難波にあるスターバックスコーヒーへ、居住者のみなさんと一緒に行ってきました。

今回は、日常の生活の中に彩りある暮らしを体験していただこうと思い、くつろぎのひとときを味わっていただけるよう、企画してみました。

比較的空いている午前中の早い時間にお店に到着し、落ち着いた雰囲気の中、それぞれに選んでいただいたお好みの美味しいコーヒーを召し上がっていただきました。

居住者のみなさんと一緒に、ゆったりとした時間を過ごすことも久しぶりで、いろいろな楽しいお話に盛り上がり、とても素敵なひとときになりました。

ご参加された方からは、たまにはこういう雰囲気を味わうのもいいと気に入ってくださった方や、美味しいコーヒーにとても満足され、ご自宅用にコーヒー豆を購入し、帰ってからも楽しんでいただいている方もおられました。

居住者の方と一緒で、スタッフも一緒だからこそ、安心して楽しめるような体験ができたとしたら、嬉しく思います。

次回を楽しみにされている方もいらっしゃいましたので、また折を見て、ご一緒したいと思います。

 

居住者が紹介する「都留」の魅力その4 歴史探訪

ゆいま~る都留の周りにはさまざまな時代を感じる史跡があります。居住者の小田切敏雄さんが、そのなかのいくつかを紹介してくださいました。

ゆいま~都留から20分ほどで着く日本3奇橋の一つ・猿橋。                           1本の橋脚も使わず、四本の「はね木」と呼ぶ支え木を両岸から渡して橋を支える構造で、聖徳太子が活躍した推古天皇の御代に朝鮮半島・百済のしらこという人が猿が手をつないで渓谷を渡る姿を見て、考え付いたといわれています。

=橋下の桂川はアユ釣りのメッカ。大月市猿橋町で、小田切敏雄撮影

 

居住者が紹介する「都留」の魅力その1でご紹介した戦国大名「武田勝頼公」の菩提寺もあります。

天目山で自刃した武田勝頼、北条夫人、長男信勝の墓。                              菩提寺は景徳院といい、徳川家康が建立しました。

=甲州市大和町田野で、小田切敏雄撮影

 

江戸の大火で焼け出された松尾芭蕉が谷村藩(現在の都留市)の国家老高山を頼って、谷村に滞在した住居「桃林軒」が再建されて残っています。

=都留市上谷で、小田切敏雄撮影

江戸時代の俳人・松尾芭蕉が滞在したことを伝える句作した市内の名勝「田原の滝」の滝にある芭蕉の石像

=都留市田原で、小田切敏雄撮影

 

さて、芭蕉の像がある田原の滝といえば、その上を電車が走ります。写真は華やかなラッピング電車(フジサン特急)です。

「田原の滝」は滝の上を電車(富士急行電車)が走り、鉄道写真ファン(撮鉄)に人気の撮影スポットです。

=ここは人気の撮影スポット。都留市田原で、小田切敏雄撮影

季節の良いこのシーズン、都留市近郊の観光も含め、ぜひゆいま~る都留へもご見学ください。お待ちしております。

お問い合わせ
ゆいま~る都留フロント 0120-711-227
受付時間 10:00~17:00

手仕事の技が冴える逸品

今月、お誕生日を迎え、96歳になられた多摩平の森居住者のOさんは
30代のころから、染め物がご趣味だったそうです。
今回はOさんの染め物作品の1部をご紹介させていただきます。

たとう紙を開くと…
柄、色彩、繊細なタッチに、目も心も奪われるほど上品に輝く帯。
非常に細やかで、正確・丁寧な染め物の技、趣味の域を超えた感性と技の逸品。保管も非常に丁寧にされており、Oさんの作品への想いと几帳面なお人柄が感じられます。

こちらの作品を作り上げた時のご様子を伺うと、下絵を完成させるのが大変だけれど、色入れは、TVを見ながら楽しくすすめていたそうです。
「私は、ながらの人だから」と柔らかい笑顔でお話してくださいました。
楽しみながら没頭し極める趣味があるということは、素敵な生き甲斐ですね!!

当時は染め物のほかに、テニスもなさっていたそうで、
お天気の良い日は、絶好のテニス日和になると思うところですが…
天気が良いから染め物が干せる!!
結果的にテニスをやめてしまったというエピソードもお聞かせいただきました♪

私たちスタッフは、居住者の方々が成し遂げてきた人生の積み重ねや
経験豊かな思考に触れ、日々刺激を受け、感動を与えていただいています。
今後も、このブログを通して居住者の方々の素敵な趣味の作品なども紹介したいと思います。