「秩父」に暮らしたらもう都心に戻りたくない! 水と野菜がおいしくて気持ちいい町。秩父市役所 移住相談センターの職員が実際に暮らして感じた「秩父の魅力」

秩父市初のアクティブシニア向けのサービス付き高齢者向け住宅「ゆいま~る花の木」が、来る2019年11月中旬にオープンします。都市の便利さと田舎暮らしのよさが味わえる秩父への移住・住み替えに、興味を持たれる方もいらっしゃるでしょう。しかし……。

「秩父の実際の住み心地はどうなのか?」
「実際に移り住んだ人は、どんなところが魅力だと思っているのか?」
「住んでみてわかったのはどんなこと?」

秩父に行ったことのない人はもちろん、観光で訪れたことのある人も実際に住んでのことはわからないものです。

実際に秩父に移り住み、秩父市役所で移住促進の業務に就くお二人に「移住者」目線で生活実感のある「秩父の魅力」を語ってもらいました。

吉木美也子さん(左)

秩父市移住相談センター勤務。秩父に住んで丸2年。おいしい水と野菜は「あたりまえ」の毎日。地元の市民会館でオペラや歌舞伎を楽しみ、所用があれば池袋まで気軽に出かける生活を送っている。63歳。

冨塚秀行さん(右)

秩父市移住相談センター勤務。秩父に住んで1年1カ月。昨年12月の「秩父夜祭(ユネスコ無形文化遺産登録)」で、屋台(やたい:舞台を持つ大型の山車)」を持つ上町(かみまち)に住み、念願の屋台の曳き手として参加。祭のある町に住む気持ちのハリとここちよさを実感している。57歳。

【参考リンク】
秩父市 移住相談センター https://www.chichibu-iju.com/

第一印象は「田舎」?でも実は「意外と都会」の実感

秩父市俯瞰
秩父の象徴である武甲山を中心に。秩父市俯瞰

──秩父に住み始めて、吉木さんは2年だそうですね。秩父で暮らし始めたときの印象はいかがでしたか?

吉木:最初は、正直なところ「ほどよく田舎だな」と思いました。だけど、歩いていける範囲で生活の用事が済む暮らしやすさがある。映画館はないけれど、それ以外はなんでも揃うんです。駅の近くに市役所、税務署。パスポートも市役所でとれるから、東京や横浜より便利ですよ。

──「なんでも揃う」というと、具体的には?

吉木:まず、食べるところ。カフェ、おしゃれなフレンチイタリアンお蕎麦屋さんは、いっぱいあるから選びたい放題で、誰もそれぞれ「私のお気に入りの店」があります。それから、うどん。「埼玉は第2のうどん県」といわれる名産品で、500円でとてもおいしいところがある。そして「わらじカツ丼」に、「豚肉みそ丼」。ラーメンもおいしい店がある。ソウルフードは結構ありますね。「みそポテト」は秩父市のキャラクター「ポテくまくん」のモチーフになっているB級グルメですし、食卓でも飲食店でもだいたい置いているソウルフードがあります。秩父にきてかなり体重を増やしました(笑)。

──生活雑貨、衣料品は?

吉木:洋服も矢尾百貨店でよく買います。矢尾に行けばなんでも揃うんですよ。宝飾品、家具チケットもここで買える。結構こじゃれてて、買い物が楽しめます。スーパーで買うような食品も揃う。大型スーパーのようにアイテムが多くないので、品選びで悩まないのが逆にいいんです。

──文化・娯楽は?

吉木:秩父宮記念市民会館というのが、市役所の隣にあって、そこで「ちちぶオペラ」という団体がオペラの公演を定期的に行っていて、6,000円ぐらいで観られます。体育館や市民会館では、大相撲秩父場所、松竹大歌舞伎、寄席なんかもやっています。市民はチケットの先行申し込みができて、席を選べる。文化は豊かですね。本屋もあります。大きくはないけれど。

──そういった「暮らしやすさ」を実感しはじめたのは、秩父に住んでからどのくらいですか?

吉木:住んで1カ月ぐらいでしょうか。豊島区から移住した方も、同じように感じたと言っていました。「田舎だと思って来たけれど、意外と都会なんだよね、ここ」と。その方は、「トマトがおいしい」といって、値段も手ごろなので、秩父のお土産として豊島区に持っていくと言っていました。

──農産物もおいしいんですね。

吉木:そうなんです。イチゴがすごくおいしいんですよ。「あまりん」「かおりん」という品種は、埼玉県の新品種。落語家の林家たい平師匠が命名したんですけど、まだ量産していなくて、1パック1,000円ぐらいなんだけど本当においしいのよ。ブドウの「秩父山ルビー」もある。食いしん坊には本当にたまらない町ですね。水も空気もおいしい。食べ物もおいしい。

秩父地場野菜
採れたてで新鮮、手頃な価格で購入できる、人気の秩父地場野菜

山に囲まれた盆地という地形が作った?暮らしやすい「コンパクトな町」

──冨塚さんは、秩父で暮らしはじめて1年ちょっとですね。住みはじめたころの第一印象はいかがでしたか?

冨塚:僕は、群馬県の館林市で生まれ育ったんですが、秩父はいろんな点で館林と似通っているなと感じました。都心からの距離感や行政の大きさ。方言があること、「お世話になります」というあいさつの使い方。地元の独特の苗字があること。もともと秩父はよく知っていたんですが、生活してみて、自分も昔のなまりのあるしゃべり方が戻ってきちゃったようなところがありますね。

──吉木さんの言う「生活に必要な場所が歩いていける範囲にある便利さ」を、冨塚さんも感じていますか?

冨塚:感じています。これは、秩父が山に囲まれた盆地であることが大きいんじゃないかな。せいぜい2×4km=約8平方kmの歩いていける範囲内の土地に、市役所などの公的機関が集まっている。地勢的にそうならざるを得ないんですが、それが暮らしていく上で結構便利なんです。

──地方では車がないと暮らせない、とよくいわれますが、秩父では生活圏が徒歩で行ける範囲に小さくまとまっているんですね。

冨塚:館林というところは北関東の平野の町で、どんどん車文化の郊外型生活圏になっていくんです。幹線道路が整備されたりファミリーレストランや大きなスーパーができたりして、郊外に出ていかないと暮らせない町になってしまった。当然、街の中心部はシャッター店舗から空き地になっていく。一方、秩父の街は、山に囲まれ地勢的にそうならないのでは。生活圏、商圏が大きく変化しないことで、暮らしやすさが煎じられていく感じすらします。車保有率は館林と変わらなそうですが、非日常的な部分で行動範囲が広がり、より楽しくなるかもしれません。

おいしい水とおいしい野菜が「あたりまえ」になったら、秩父から離れられない!?

秩父神社の手水舎にて
地域をうるおす武甲山伏流水。秩父神社の手水舎にて

──冨塚さんも水や食べ物のおいしさは感じていますか?

冨塚:おいしい水やおいしい野菜は、日々の「あたりまえ」になっています。こうなると、もうやめられなくなっちゃいますよね。都心に出たとき、「こんな水をあたりまえに飲んでいたのか!」と思いました。「東京の水は、都市部では美味しい方だ」なんていうけれど、ハッキリ違います。故郷の利根川水系の館林と比べても、浄水器などつけなくても秩父の水の方が断然うまいんですよ。やさしい感じがします。

吉木:私も水のおいしさは感じます。移住した方も、「水道水がおいしい」とおっしゃっていましたね。飲み水やお風呂が影響しているのかどうかわかりませんが、「ペットの犬のアトピーが、秩父に来て1か月程で治った」という話も聞きましたよ。びっくりです。

──1~2年経った今になって感じることはありますか?

吉木:今年の夏、日照不足のために東京では野菜が値上がりしましたが、秩父でしか野菜を買わないので、そのことを知りませんでした。秩父に来た姉がそういう話をしていたので、「じゃあ農協で買っていく?」といったら、野菜ばかり3,000円分も買っていった。秩父では、長雨でも野菜が高くならないし、品不足にもならなかったんです。これは今回初めて気づきました。「峠を越える越えないで違うんだな」と思ったんです。

──野菜の供給が安定しているのにも、盆地という地形が関係しているということですか?

吉木:そうですね。もともと地産地消で、秩父圏域で経済が回っているような気がします。欲を出さないから質が守られる。外に流れていかないから、供給が安定しているんだと思います。野菜、果物だけでなく、秩父のお酒も峠を越えないというか、峠を越えるあたりでは流通しないようです。

──地元の人も、よそのお酒をありがたく飲んだりせず、地元のお酒を愛飲するんでしょうか?

吉木:そうかもしれないですね。みなさん地元のお酒をおいしいと思っていますし、愛していると思います。そもそも地元の人には「秩父愛」がある。「地元の馴染みの店を利用する」という当たり前の行動があって、愛してやまない。だから、よそからチェーン店の入ってくる余地があまりないらしいんです。

──ほかにも「秩父愛」を感じることはありますか?

吉木:自分の町を愛しているから、自宅の前をきれいに掃除する。そういう家がずーっと続いているから、町全体がきれいになる、というのは感じています。朝、通勤する時に、商店街で店の前を掃いている人をいっぱい見るので、最初は本当にびっくりしました。

──町がきれいなのは、秩父神社をはじめとして秩父三十四ヶ所観音霊場札所巡りなど、観光スポットが多いことも関係しているかもしれませんね。

吉木札所巡りの「おもてなし文化」も影響していそうです。特に秩父神社のまわりのお家は、いつもきれい。落ち葉の季節も毎朝ささっと掃除をしているので、「通らせてもらってすみません、ありがとう」という気持ちになります。

「地元愛」と「祭」のある町で暮らす心地よさ

秩父夜祭
↑12月に盛大に開催される「秩父夜祭」。勇壮な屋台(山車)と花火が心を震わせる

冨塚:僕は、ここで暮らしていて、「地元愛」から郷土の秩父愛というのを感じています。僕らが住んでいるのは、「ゆいま~る花の木」ができる上町(かみまち)なんですけれど、町内会の人が町の中にいても「上町」と書かれたTシャツを着ていたりして、誇りをもっている反面、わりとシャイな感じもします。氏神がある=300年以上の歴史を持つ「秩父祭屋台」を持っている町は、特にそれが強いと思う。精神の柱になっているのが、祭の屋台だったりする。地元愛はそこからきているのかなと思いますね。

──冨塚さんも、祭りに参加されたんですか?

冨塚:昨年(2018年)の秩父夜祭では、上町町会に正規に登録をして、屋台を曳かせてもらいました。伝統ある祭に参加するにはたくさんの役割があります。新参者は綱の引手からというところです。伝統文化にはたくさんのルール(しきたり)があり、町内会保存会によって違いがあるようですが、上町ではよそから来た人が祭に入れないということはないです。また、「半纏(はんてん)」が貸与され、「上町」の紋が入った半纏の袖に手を通すと、気が引き締まると思いと同時に高揚感がありました。

──たとえば、ゆいま~る花の木に移住したシニアの方が、自分も屋台を引いてみたいなと思ったら、参加できるのでしょうか?

冨塚参加はできると思います。僕は、上町の屋台を曳くメンバーの中では年齢が最上の方でしょうね。屋台を曳くメンバーは、やっぱり威勢のいい人で、半分くらいは女性です。何十年も祭に関わってきた地元のシニアは、「行事部」の役職を経て裏方で伝統や規律を支える側になるようです。激しいぶつかり合いも含めて2日間きちっと、夜中3時頃に屋台が収蔵庫に収まるまで付き合える人でしたら歓迎です。僕は、また今年も絶対参加します。希望の方がいたらお世話します。

──最大規模の「秩父夜祭」は12月ですよね。その前はやはり盛り上がりますか?

冨塚秩父市とその周辺では年間300ぐらいの祭があるといわれています。「秩父では祭を中心にカレンダーが動いていく」というくらいで、手作りロケットを打ち上げる「龍勢まつり」、甘酒をかけあう「甘酒まつり」、露店が並ぶ縁日っぽいお祭り、ウイスキー祭、奇祭など、いろいろな祭イベントが年間通してどこかで開催されています。その中でも夜祭は別格で、2日間で30万人以上の人が来られ、6千発の打ち上げ花火が上がる、秩父市あげての最大イベントです。夜祭の2か月前、10月初めころから、街中いたるところで祭囃子太鼓の練習の音が聞こえてきて、徐々に緊張感が増してきます。大小の祭りイベントが年中あるから、生活にもメリハリが生まれるのだと思います。

1年2年暮らしてもやっぱり住みやすい!「意外と都会」の魅力は変わらない

↑秩父の暮らしになじんだお二人。ゆいま~る花の木に隣接する「秩父市花の木交流センター」にて

──1~2年暮らしてみて、秩父の「ここが不便」というところはありますか?

冨塚:道が狭めで、ちょっと路面が悪いこと。町のサイズとしては、起伏も少なく自転車に乗れるとちょうどいいサイズなんですけれど、乗っているとガタガタします。

吉木:スギ花粉症の人は、やめたほうがいいです。車が花粉でベタベタになって、ぬるま湯でないと落ちないくらい、花粉が多いですから。もっとも、秩父が好きで、「親子でスギ花粉症だけど、その時期だけ我慢すればいいから」という方もいましたね。

──交通マナーはどうでしょうか?

冨塚:道が狭いせいか、マナーはいいと思いますよ。事故を起こしたくないのはお互い様ですから。狭い道はゆずってナンボです。小さい町の特徴として、車に乗っていて車種と色に見覚えがあると「もしかしたら○○かな?」と、のぞき込んで見ることが多いですね。逆もありで、だから、道を譲りあうのがあいさつ代わりです。

──今でも「意外と都会で住みやすい」という感覚は、変わりませんか?

吉木:それは変わらないですね。仕事で池袋に行ったら「今日はこっちに泊まるの?」と言われてびっくり。夜の飲みにつきあってからでも、余裕で帰れますからね!(池袋発10時半の最終電車で12時ころ西武秩父駅に到着)秩父に着くとほっとするのが不思議です。

冨塚:故郷の田舎町群馬県館林市、1年前まで住んでいた東京都町田市と比べたら、生活の利便性でいったら町田市かもしれませんが、愛着を持てる町かという意味では、どちらにも勝る魅力があって暮らせる田舎です。住みやすいです。即答ですよ。

──どんな方に、秩父での暮らしをおすすめしますか?

冨塚心身に余裕があり、セカンドステージで、積極的に新しい土地での開拓・発見を求める方。そして、祭でわくわくするような精神的なハリを求める方におすすめします。観光気分で選ぶなら、よい温泉、景勝地、寺社仏閣、歴史や町を挙げての祭のあるところはほかにもあるでしょう。でも「秩父で暮らす良さ」は、ここに住まないと味わえませんよ。

吉木人との関わりが好きな方。そして、適当に不便を楽しめる方におすすめします。昔からある飲食店と、移住者が開いたカフェが共存し、地元に愛着を持つ人が、現在進行形で自分たちの住む町をつくっている。そんな町で暮らしたい方をお待ちしています。

みそポテト
人気のB級グルメ「みそポテト」
秩父市イメージキャラクター ポテくまくん
秩父市イメージキャラクター「ポテくまくん」が手にしているのが、みそポテト
秩父神社、慈眼寺
神社やお寺は、町の風景の一部だ。秩父神社(左)、札所13番慈眼寺のメグスリノキ(右)
2018年秩父夜祭
2018年の秩父夜祭に参加した冨塚さん
「歩いて感じる『花の木プロジェクト 計画地見学会』では、さらに詳しい地元情報をお話ししています。ご参加をお待ちしています」

B級グルメ大会級! ふるさと夏まつり

今年も8月の最後の土日に、夏の風物詩、ふるさと夏まつりが開催されました。

心配された夕立もなく、時折涼しい風が吹くお祭り日和となり、大勢の人出となりました。

例年以上に美味しそうな食べ物のお店がズラリと並び

思わず目移りするB級グルメ大会のよう!

タイカレーに、トッポギ、チジミ、フランクフルト、

静岡おでんは、出し粉をかけて食べるそうな!

お酒に合います、ゆいま~る食堂のもつ煮込み!

お米屋さんの磯辺焼きにじゃがバター、

焼きそば、焼き鳥、きゅうりの1本漬け、かき氷、クッキー、サーターアンタギー。

 

そして、我がゆいま~る聖ヶ丘からは、

今年も子どもたちに大人気の「綿あめ」の出店となりました。

綿あめは、ザラメを製造機に入れて、

綿状に吹き出てきたあめを、1本の割り箸に空気と一緒にホワッと巻きつけて、

あの可愛い丸い形に仕上げなければなりません。

これがとっても難しい・・・。

お店の前にどんどん出来ていく列に

嬉しかったり、焦ったり・・・。綿あめを作る手は休みなし!

 

多くのボランティアの方々にも助けられ、

お子さん達に喜んでもらうことが出来ました。

いえいえ、ゆいま~るのTさんも喜んでくださいました!

ボランティアの皆さんに心から感謝!

ありがとうございました!

 

地域の力が結集し、夏まつりの伝統行事が

いつまでも続いていくことを願って

フレーフレー!聖ヶ丘!

 

手作りゲームで白熱戦!


世の中は若者の大活躍で卓球ブーム
ぐり〜んでも長机でにわか卓球ダブルス!

牛乳パックの輪っかで手作りジェンガ
積み上げ積み上げ、倒れたらガッシャ〜ン!

この日はゆいま〜る花の木からスタッフの
皆さんが研修に。ゲーム参加、ありがとう!

もうすぐ夏祭り

8月31日(土)、9月1日(日)、館ヶ丘団地では夏祭りが開催されます。

今年もゆらリズムは、お祭りに参加させて頂きます。

出店にあたり、利用者の皆さんにもポップの作成などを協力して頂きました。

団地内に櫓も完成しました。

ゆらりズム前も提灯で彩られ、当日は良い天気であることを願うばかりです。

今週末のお祭りを利用者の皆さんと一緒に楽しみにしております!

9月上旬メニュー(8月26日~9月8日分)

ゆいま~る食堂の周りは遊歩道になっており
お散歩をされている方をよく見かけます。
近所の保育園のお友達の
お散歩コースにもなっています。

居住者が手入れをしている花壇もあり、
季節ごとのお花を植えています。

食堂はガラス張りなので外の景色を眺めながら
お食事ができます。

ゆいま~る食堂では、お肉・お魚・野菜を使った
バランスのよいお食事で、皆さまのご来訪を心よりお待ちしております♪
↓クリックしてメニューを拡大↓

大曽根住宅 夏祭り!

大曽根住宅自治会の大イベント、夏の盆踊り大会がが開かれました。心配された雨にも降られず、盛況のうちに終わりました。今年は、ソーネおおぞねさんも出店され、にぎやかな夏祭りでした。

明るいうちに始まりましたが、暗くなるとこの通り。提灯が夏祭りらしいですね。フランクフルト・焼きそば・かき氷・どて煮・おでん・たこ焼き・五平餅など! 食べきれません。

入居者の方たちもお手伝いしてくださったり、和やかな時を過ごすことができました。来年も楽しみです。

 

 

 

【9月見学会】 ゆいま~る福

☆ランチ付き見学会(要予約)

9月10(火)、9月26日(木)

◇集合時間:午前1030分~

◇集合場所:阪神なんば線「福」駅なんば方面改札口集合

◇参加費:ランチ・コーヒー付きで500

◇定員:各回15

見学会では「ゆいま~る福」の魅力を是非ご体感下さい。

実際のハウス内の雰囲気、お部屋のつくり、設えなどご覧いただき、

住み心地の良さを肌で感じていただけます。

サービス付き高齢者向け住宅 ゆいま~る福
大阪府大阪市西淀川区福町2丁目4-8
 電話:06-6474-1888

『同居はしない、ほどよい距離を保つ親子/兄弟姉妹/友人との近居』、 「ゆいま~る」での事例を長年見てきた玉井美子運営部担当取締役が「近居」のメリットを語ります

「人生100年時代」が実感されるに従い、高齢になった親が子ども家族と同居するのではなく、お互いが独立した暮らしをしながらも近くに住む、いわゆる「近居」のパターンが増えています。ただし元気なうちに住み替える住居を提供してきた「ゆいま~るシリーズ」では、「近居」は昔から珍しいことではありませんでした。こうした実例を長年見てきた、弊社(株)コミュニティネットの玉井美子運営部担当取締役が、近居の様々な様子やメリット/デメリットを語りました。親子の近居だけでなく、兄弟姉妹、あるいは友人同士の近居も、今後はより一般的な選択肢になりそうです。

2018年11月にオープンした「ゆいま~る神南」では、入居の大きな動機として、子ども・兄弟姉妹が近くに住んでいることを挙げる方が半数程度を占めています。この比率は私どもから見ても意外な大きさでした。こうした「近居」は以前からあるパターンですが、ここにきて改めて日本全体で大きなトレンドになる可能性がありそうだと感じています(詳しくはこちら)。

ただし私どもにとっては、こうした近居は昔から珍しいことではありませんでした。まだまだ元気なうちに住み替える例が多い「ゆいま~るシリーズ」の入居者の場合、近居は以前から少なからぬ比率を占めています。ここでは「ゆいま~るシリーズ」での近居の例を思い起こしながら、どのようなバリエーションがあってそのメリットはなにか、デメリットはあるのか、近居に関連して「ゆいま~るシリーズ」での生活サポートはどのような役割を果たせるのかといったことをお話ししようと思います。

近居はとにかく“安心”をもたらす

「ゆいま~る」で暮らす人の近居のパターンとして、親が自ら子どもの近くに住もうとする場合と、子どもから呼び寄せるパターンがありますね。前者の例として、「娘が多摩にいるので」という理由で、23区内から、あるいは遠くは関西から、多摩にある「ゆいま~る」に引っ越した方は何人も頭に浮かびます。こういう人は自分で考えて、自分で動くという自立しているひとですね。娘さんや息子さんがリードする場合は、要支援・要介護の状態になっていたり、かなり年齢が高い場合が多いですね。

自分で決めて住み替えた方で今思い浮かべている方は、近居なのですけれど、その娘さんに会いに行くことはほとんどない。逆に娘さんが2~3カ月に1度くらいの頻度で、母親の様子を見に来るのです。これくらいの頻度だと、遠くに住んでいても同じではないかという気もするのですが、近いということでなんとなく安心感があるのでしょう。いざというときにはすぐに来てもらえる距離だし、本人の気持ちは遠くに住むのとは違うのでしょうね。分かる気がします。

逆に親が高齢になると、子どもは仕事を続けながら遠い場所に住む親を頻繁に見に行くのは難しく、気になって仕方がないという状態になる。近居であれば、親の様子をうかがいながら、自分の仕事を続けることができて、時間的に楽になります。

ただし、近居によって親御さんの生活環境ががらりと変わって、親御さんが戸惑ってしまうとなると大変です。だから近居は親御さんが、生活環境が変わってもそれに適応して自分の暮らしを組み立てられるくらいに元気な場合か、逆に生活環境が変わってもあまり関係ないほど自らは動けなくなった状態の場合に、成立するのでしょうね。

後者の場合は、子どもが呼び寄せるパターンが多いですね。すでに自由に出かけたりすることが難しい親の状態、自分の部屋で自立した生活を送ることはできるけれど、遠出は難しい、買い物などは娘や息子に頼むという生活をする方もいます。後者の近居でも、親が元気なうちは親がマイペースで過ごし、老いがすすむと主導権が徐々に子どもに移っていくのが自然なのでしょうね。

子どもがいない兄弟姉妹を呼び寄せる例も

近居とひとくちに言っても、親子ではなく、兄弟姉妹の例もあります。オープン時に私がハウス長を務めていた「ゆいま~る」では、入居者の実に5%くらいがこの姉妹近居のパターンでした。それぞれが離れた場所で暮らしていた姉妹が隣同士の部屋に入居したり、広い部屋にふたりで暮らす場合も・・・これは同居ですね、でも超近居と言った方がぴったりくる気がします。

子どもがいない兄弟姉妹を心配して、近くに呼び寄せるという例も少なくありません。一方で、大きな戸建てでのひとり暮らしに少し不安を感じ始めた人が、子どももいるけれども、子ども家族の近くではなく、兄弟姉妹の近くを自分で選んで越してくることもあります。この場合の住み替え先は、生まれ故郷ということが多いですね。

子との近居より、友人との近居を選ぶひとも

友人との近居を選ぶ人もいます。これからもっともっと増えてくるのではないかとも思います。「ゆいま~る」では、先行して入居した女性のお稽古事の仲間が次々に入居してくることもありました。いまではみなさん80歳代になりましたが、ほどよい距離をとりながらきちんと暮らしていらっしゃいます。ほかの老人ホームから、友達といっしょに「ゆいま~る」の別々の部屋に越して来る例もあります。

こうした友人近居を選ぶ方は、自立度は高いですね。身体的というより精神的な自立度が。こうした自立度はインテリかどうかとか、職業とか、とは関係ないです。専業主婦だった人も、日々を丁寧に暮らすことができるような方の自立度は高いですね。

男性で友人近居をする方は、思い出せませんね……。

近居の弊害は……あまりないのでは?

近居の弊害のようなものがあるか、考えてみましたが、あまり思い浮かばないですね。親子近居で互いに干渉しあって問題になったという例も知りません。あるとしたら、呼び寄せた子どもサイドは「近くに住むことになったから、それで十分でしょ」という気持ちなのか、何も関わらなくなって、親はかえって寂しい思いするのではないかと思わされる場面でしょうか。子どもからすると「ゆいま~る」にはスタッフもいるしということなのでしょうが、ケアマネジャーを中心とするサービス担当者会議には同席してくれればいいのになと思うこともあります。

兄弟姉妹の近居で、呼び寄せられた方に、少し遠慮のようなものがあるなと感じることはあります。心配していろいろ言ってくれるのだけれど、呼び寄せられた方はそれがちょっと疲れるなぁと思うことはあるようです。近くにいるだけで安心感があるので、接触の程度は遠くに住んでいたときと同じくらいでよいのに……という感覚だと思います。これを見ても、近居は安心のひとつの形だと言えますよね。

近居の弊害と言えるかどうか分かりませんが、親子近居をしたけれど、友人と離れた生活をするのがつらくて、友人近居に切り替えるという例はいくつかあります。親子近居で「ゆいま~る」に移り住んだけれども、友人から遠くなって言葉(方言)の違いもつらくて、また元の地域に戻った人もいます。逆にいったんは親子近居を選んだけれど、友人近居に切り替えて「ゆいま~る」に入居した人もいます。

スタッフが第三者として緩衝材に

フロントの生活コーディネーターは近居の家族とも接触します。親の生活に関する情報交換とかね。もちろん、ときどき娘や息子、あるいは呼び寄せた兄弟姉妹が電話してきて、「ちゃんとやっていますかね?」なんて問い合わせてくることもあります。生活コーディネーターが第三者としてクッション材になることで、近居の関係が穏やかなものになるという効果はあると思います。直接聞くと角が立つこともあるでしょう。

間に入って苦労したこともあります。ある例では親子の距離が近過ぎて、生活のすべてについて子どもが口をはさむような状況となり、親子関係がぎくしゃくしていたことがありました。しかし「ゆいま~る」に入居され、スタッフのサポートの中、親が落ち着いた日常を送るようになると、次第に親子の関係も適性の距離をとれるようになりました。これも、「ゆいま~る」が緩衝材の役割を果たした例だと思っています。第三者が介在することのない単なる近居では、関係の改善は難しかったかもしれません。

友人近居も、第三者が介在しない形ではどこかで煮詰まった状態になる可能性もありますよね。そこに、生活コーディネーター、コンシェルジュのような介在役を、「ゆいま~る」のフロントは果たせると思います。

以上のように「ゆいま~る」では近居は珍しい例ではありませんが、「人生100年時代」という言葉が浸透するに従って、近居にメリットがあることに気付く人は増えていくでしょう。子世代が自分の老後を考え始める頃になっても親は実家で独居していたりして、お互いの将来の暮らし方を同時並行して考えざるを得ない状況も珍しくなくなりました。こうした状態から、ひとり暮らしの親が心配な子世代や親自身が近居を選ぶケースが増えていくだろうと考えています。「ゆいま~る」は今後も、元気で活動的な生活を送ることのできる近居の受け皿としても発展していきたいと思います。