多摩で活躍中の「海人三線クラブ」コンサート

先月、近隣で活動されている三線サークル「海人三線(うみんちゅさんしん)クラブ」による、沖縄ミニコンサートが開かれました。三線や太鼓による演奏は、沖縄の風が吹き込んできたように、多目的室を爽やかな空気でいっぱいにしてくれました。

最後は会場じゅうで、手を上に上げ、左へ右へと沖縄踊り。大盛り上がり!!

「ゆいま~る」という唄もあるそうです。「ゆいま~る」は、「結い」を表す沖縄の言葉で、「結びつき」や「助け合い」を意味します。ぜひ次回は「ゆいま~る聖ヶ丘」で「ゆいま~る」の唄を聴きたいものです。

内装完成!厚沢部町長が見学に来られました!

こんにちは。ゆいま~る厚沢部の安藤です。
ゆいま~る厚沢部の内装が遂に完成しました!早速、厚沢部町の渋田正己町長、笹谷勝博副町長をはじめ厚沢部町役場の職員の方々が見学に来てくださいました。

木造で、光をたっぷり採り入れられるように設計されたゆいま~る厚沢部、入った時の第一印象は「明るい!」と皆さん話されていました。「広さなど、数字で見るのと実際に見るのとは印象が違うね」「一人部屋ならゆったりしているね」と実際に見てみると、居室の広さも感じていただけたようです。「高齢者施設と言うと、コンクリート造りの暗いところをイメージするけれども、ここは明るくて木が使われているので、自分の家と言う感じがした。木の家は身体にも目にも優しく、自分も入りたいと思った。」との感想を頂きました。第一印象が「自分の家」。ゆいま~るで暮らす方には、ここを施設ではなく「家」と感じて頂けるハウスを目指す私たちにとって、とてもとても嬉しい褒め言葉です。

地域の方が安心して暮らし続けられる町を目指して、その拠点となることを目標に進めているこの事業、居室は完成ですが、そのスタート地点にたったところです。この完成を町の職員の方々と共有して、これからのことを共に考えていきたいと心新たに思いました。

リビング・ダイニング。
明るく光がさす中で毎日の食事をしたり、くつろいだり。またイベントをしたり、ご家族の方が来られてここでお茶をしたり。ゆったり気持ちよく過ごしていただけると思います。

リビングや居室の床のフローリングには、地域の木材が使われています。光がたくさん入るように設計されたリビングの窓からは、光がたっぷりと差し込みます。明るくて、本当に木に囲まれた気持ちの良い空間となってできあがりました。スタッフの私もここに住みたいくらいです。木に囲まれて朝目を覚まして、木の香りの中で朝のコーヒーを飲んで、温かい感触の木の床で寝る….。想像するだけで素敵な生活イメージが膨らみます。

116号室の窓からは厚沢部小学校が見えます。子どもたちが遊ぶ様子や、運動会などでの元気な姿を見ることができるお部屋です。全室にクローゼット(物入れ)があり、荷物もすっきりと整理した暮らしができると思います。

廊下もゆったり。廊下の途中にもベンチを置いて、好きなところでくつろげるようにしたいと考えています。ベンチが入りましたら、また報告します!

リビング、居室内に使用している木は地域木材の「カラマツ」だそうです。健康生きがい相談室は「トドマツ」とのこと。木材の種類によって色が違うこともわかります(トドマツの方が白っぽい)。ゆいま~る厚沢部に来られた際には見てみてくださいね。

ゆいま~る厚沢部周辺の雪はほとんど解けて、春を実感する暖かさになりました。(それでも10度ない程度ですが…。)年明けに凍った川もすっかりとけて、さらさら、キラキラと春の厚沢部川の景色が眺められます。もう少しすると、山は山菜の季節。。。暖かくなる季節には楽しみもいっぱいです。

多摩テレビで「ゆいま〜る中沢」が放映中。

↑多摩テレビのインタビューを受ける弊社社長の髙橋英與

「多摩テレビ見ました! ゆいま〜る中沢がいよいよオープンしたんですね」というメールを多摩市内に住む友人からいただきました。

私は多摩市内の集合住宅に住んでいるのですが、管理組合が多摩テレビと契約をしていないため、視ることができません。で、思い切って多摩テレビに電話をして、みせていただけないかと頼むと「どうぞ、いらして下さい」と。

お言葉に甘え、多摩市鶴牧の新都市センタービル内にある多摩テレビを訪ねました。午後3時からのオンエア。案内していただいた部屋で「ゆいま〜る中沢」の放映をみせていただきました。「ゆいま〜る中沢」のしくみの紹介、記念式典の様子(ご来賓の阿部裕行多摩市長による祝辞、乾杯シーンなど)、NPO法人多摩草むらの会が運営するゆいま〜る食堂、ハウス内(居室、ショートステイ、クリニック、サ付き住宅等)が紹介されるとともに、それらが地域の皆さんにもご利用いただけ、地域の拠点を目指していることも報道していただきました。最後は、弊社社長の髙橋英與へのインタビューでした。アナウンサーの方の結びの言葉は、「多摩市にこのような高齢者関連施設ができたことはとても期待されます」と。

地元のケーブルテレビ局が取材に来て下さり、しかもこのように報道してくださったこと、嬉しい気持ちでいっぱいです。

多摩テレビでの放映は、4月6日まで下記時間帯でご覧いただけます(1日4回)。多摩テレビに加入されている方は、ぜひぜひご覧いただければ幸いです。

4月6日(土)まで毎日、4回放映中。

放映時間9:00 15:00 21:00 23:15

 

 

ひとりでも家で死にたい、を支えたい@広報担当ヘルパー日記⑪

ふと、足元を見ると土筆が。春の風物詩ですね。

実習も今日で、最終日となりました。

今日は、訪問介護に同行をしました。訪問介護のご利用者さんは、在宅で生活している方々です。ご利用者さんの家庭を訪問し、利用者さんの現在生活しているところで、ケアプランに基づき、今の生活をこわすことなく、質の高い生活が送れるようにするために、援助をしていくことが目的です。

今回の実習の中で一番関心があったのは、この訪問介護の実習です。自宅で介護を受けて自分の生活を続けていくこと、介護度の高い方であれば、最期を迎えるための時をどう過ごされているかに関心がありました。

「どこで最期を迎えたいか?」と問われた時に、ほとんどの人が住み慣れた自分の家で過したいと思うのが自然な思いではないでしょうか。しかし、家で死ぬのは大変、家族に迷惑をかけたくない等、死ぬ場所は自宅ではないと考えている人が多いのが現実ではないでしょうか。

昨年の秋頃に、仕事で在宅医療の現場に同行させていただいたことがあります。現場を見させていただいた時に、「在宅で死ぬということは容易じゃないなぁ」というのが正直感想でした。しかし、今回ホームヘルパーの講習を受け、実際に訪問介護の現場を見た時に、在宅で最期を迎えるということは、医療、看護、介護が連携していけば十分可能かもしれない(実際に可能ではあるのですが)、そして在宅で過ごすことはやっぱり幸せなことなのではないか、と改めて実感として感じています。

今日は、要介護5の80代の女性のお宅に同行訪問しました。

要介護5は、「要介護4の状態よりさらに動作能力が低下しており、介護なしには日常生活を行うことがほぼ不可能な状態。生活全般にわたり、全面的な介助が必要。意志の伝達が困難。介護なしでは日常生活が不可能」と言われています。

今日は、排泄の介助、清拭、オムツ交換、食事介助等を見学させていただきました。要介護5というと、トイレに座ることもできないと思っていたのですが、ホームヘルパーは、ベットから移乗し、ポータブルトイレに座っていただき、20分ぐらい排泄の時間を設けていました。座っていただいた後は、影の方で見守りをしていました。その時間は、カチカチと時計の音が響き、とても静かな時間でした。今日はお腹のガスが出たぐらいでしたが、毎回トイレに座ってもらい、排泄を促すようにしているそうです。「割り当てられた時間の中で、援助する項目は全部やらなければならない。しかし他の仕事は急いでやっても、食事や、排泄にゆっくりと時間をかけるようにしてあげたい。」と話されていました。ヘルパーさんは、「ご利用者さんに元気になってもらうのが喜び。自分で出来ることはなるべくやってもらうようにしています。」と、折に触れ、ご利用者さんに声かけをし、自分ができることを積極的にやっていただいていました。

私が想像していた要介護5の状態と、実際のご利用者さんは全然違いました。介護認定されていても、それぞれのご利用者さんによって、できること、できないことに微妙な差があること。ヘルパー側がしっかりと観察して、残存機能をいかした援助をしていくことの大切さを感じました。

ご自宅に入ると、ご利用者さんや家族のそれぞれの方の生活の品がたくさん置いてあります。10年ぐらい前の朝の連ドラのビデオが転がっていたり、花瓶や写真、そして人形や生活用品、すべてが私に話しかけてくるような気がしました。部屋に入った時の、圧倒的な暮らしの匂いに、一瞬めまいがするほどの衝撃がありました。これは、施設の部屋では感じられないことです。どうしても施設は、暮らしという環境とはまた違ったものであるからです。

それぞれの暮らしの場というのは、一日一日の暮らしの積み重なったかけがえのない空間です。その住みなれた場所で、最期を安心して迎えたい、過ごしたい、これは自然な気持ちです。

在宅で過ごすということは、医療、看護、介護、そして地域の人や家族がみんなで役割分担をし、少しずつ関わっていくことで、叶うことです。在宅で生活し、死ぬことができる、この自然な願いが叶う地域にしていきたいです。

 

 

緑に囲まれたハウスは植栽も参加型です

ラジオ体操で「しだれ桜が咲いていたわよ!」と散歩に行った入居者が話してたら、一緒に参加された入居者が早速パチリと撮ってきてくれました。

「野菜直売所の近くの農家さんの敷地でとっても綺麗よ~」と言った通り見事な桜ですね。伊川谷周辺は散歩コースがたくさんあるので、今日はこの道、明日はあの道と季節と共に楽しんでおられます。もうすぐ伊川沿いの桜並木も咲くことでしょう。

ゆいま~る伊川谷は開設から3年が過ぎ、ハウス周りの植木で植え替えが必要なものも出てきました。まだ寒さの残る3月初旬、居住者の植栽に詳しい居住者が鍬を片手に芝生のお手入れをしてくださっています。

樹木の周りは芝生をはがさないと芝生に栄養をもっていかれて成長しにくいそうです。水仙や万年青も植えてくださいました。

また、他の居住者から寄贈予定の木もあり、徐々に賑やかになることでしょう。四季折々のハウス周りの植木の様子はこれからもブログでお伝えしていきます。

 

人生で大切なことはみんな「ここ」で教わった@広報担当ヘルパー日記

今日の多摩市は、暖かな一日でした。ひらひらと桜も散りはじめています。

良寛さんの「散るさくら 残るさくらも 散るさくら」の句を思い出します。

今日で実習も3日目。今日は、デイサービスでの実習です。

デイサービスとは、教科書には「通所介護で、特別養護老人ホームや老人デイサービスセンターなどに通ってもらい、入浴や食事の提供と、その介護、生活などについての相談、助言、健康状態の確認など日常生活の世話や機能訓練などを行うサービス」と書かれています。高齢者の在宅生活の支援、社会的孤立感の解消、対象者の心身機能の維持、向上に加え、家族の身体的、精神的負担の軽減などを目的として行われます。

今日の一日の流れは、椅子に座ってのラジオ体操、合唱、レクリエレーション(頭を使うゲーム)、口腔体操、リハビリ体操、レクリエレーション(身体を使うゲーム)と盛りだくさん。

ご利用者さんの人数は、24名。まず驚いたことは、みなさんよくしゃべる、しゃべるということだ。火曜日、水曜日と特別養護老人ホームでの実習で、入居されている方の介護度が高く、ご自分からお話される方は、ほとんどいらっしゃらなかったので、言葉を話せるということ、笑えるということ、言葉で意志を伝えることができることに、改めて人間は多くのことを言葉で伝えていることがよくわかる。

ご利用者さんがいらしてから、まずお茶を召し上がられる。お茶の給仕をしていると、どこからか「Mさん、お茶のお代わり下さい!」とご利用者さんから声をかけられ、びっくり。まだ自己紹介をしていなかったので、なんでわかったのだろう、と思うとホワイトボードに「実習生のMさん」と書かれていました。驚いたことを伝えると、「だって、名前を呼んだら来てくれると思ったから!うふふ!」とにっこり。

実習に来て3日目、スタッフの方からは「実習生さん」とずっと呼ばれていました。名前ではなく「実習生さん」と呼ばれることに少し違和感を感じてはいましたが、そういうものだろう、とさほど気にしていなかったのですが、「Mさん!」と自分の名前を呼ばれた時に、言葉がドーンと自分の身体と心にぶつかって、「あ!私のことだ!」とはっきりと感じることができました。「自分の名前を呼ばれること」、これは個として、とても大切なことです。ご利用者さんの名前を呼び、話かけること、名前を覚えてもらうことは、当たり前に嬉しいことです。自分がその他大勢ではなく、一人の個であること、それは名前を呼ばれること、そこから始まるのかもしれません。

デイサービスでの、リハビリ体操は椅子に座って行うものでしたが、これは私がやっても結構ハードなものでした。左半身が不自由な方でも、一生懸命、自分のペースで体操をしていました。みんなと一緒に体操すること、とても楽しそうに行っていました。ご利用者さんの中では、「家にいるとゴロゴロしてばかりだから、身体を動かすのは楽しい」という声が多く聞かれました。

レクリエレーションの目的は、①安らぎ②ふれあい③行事、文化活動④教育、治療の4つに分類されるそうです。楽しみだけではなく、ご利用者さんの機能回復訓練にもなります。頭を使うゲームでは、積極的に考える方と、こちらが声掛けをしないと、なかなか参加されない方とそれぞれ。積極的に参加していただくのには、スタッフの声掛けも必要であると感じました。

レクリエレーションの合間や、食事の後は、おしゃべりタイム。みなさん、疎開の話、健康の話、子どもさんの話など、それぞれの時間を過ごされていました。積極的にお話をされる方、話の輪に入らない方、居眠りをしてしまう人とそれぞれ。スタッフが話のきっかけづくりすること、話を広げたり、ご利用者さん同士のコミュニケーションを促すことも大切です。スタッフが中心になるのではなく、ご利用者さん同士がコミュニケーションをとるための、サポートをすることが大切です。

デイサービスの実習が終わり、こちらの施設での実習も終わり。1日目2日目にお世話になった特別養護老人ホームに挨拶に行く。よくお話してくださった90代の女性に挨拶に行くと、「あんたなら大丈夫だよ。ほどほどにがんばりな。出逢えて嬉しかった。」と涙を浮かべながら、手をギュッと握りしめてくれました。思わず涙が出そうになりましたが、がまん。がまん。胸がいっぱいになりながら、施設を出ました。

会おうと思えば、彼女に会いに行くことはできます。私も自分のいつもの生活が始まれば、自分の生活に戻っていきます。彼女とお話したのは、2日間の間でも1時間あるかどうか。その中で、人の見かたや人生のとらえかたを学ばせていただきました。介護する側、される側というよりも、何か人生について学ばせていただいたように思います。彼女が教えてくれた心を胸に、まずは自分が変わること、それが彼女への恩返しであると思っています。

 

 

受容,傾聴,共感 生を受け止める体験@広報担当ヘルパー日記

今日の多摩市は、朝からぽつりぽつりと雨が降っていました。

最近は、お天気がコロコロ変わって、忙しい春の陽気です。

特別養護老人ホームでの実習も2日目です。今日は、朝礼後、シーツ交換、昼食の準備と補助、入浴介助の補助(着脱のお手伝い・整髪等)を行いました。

今日は、週に1回来られているボランティアの方たちと一緒にシーツの交換をしていく。60代の男性が2人、女性が1人、70代の女性が1人と20代ぐらいの学生さんと私でシーツを替えていく。初めにコツを教えてもらい、2人組みになってどんどんシーツを替えていく。ボランティアの男性は、「自分たちがシーツの交換等をやることで、スタッフが少しでも空いた時間に、ご利用者さんとのコミュニケーションの時間にあててもらえると嬉しいんだよね」と。40床を1時間ぐらいでシーツ交換をする。2人で息を合わせて、ピシッとできた時は気持ちがいい。

ご利用者さんの中には、ぬいぐるみが置いてあるベットもあり、「元の場所にきちんと直してね」と。元にあったものを同じように戻すということは、当たり前のことであるが、改めて肝に銘じ、何がどこにあったのかをきちんと観察し、戻す。小さな空間ではあるが、ご利用者さんのお部屋であることを忘れずに。シーツの交換の後は、清拭(身体を拭く)用のタオルを一緒に畳む作業を手伝う。ちょっとしたことでも、サポートしてもらうことで、ずいぶん施設側も助かることだろう。またスタッフ意外の人が違う形で関われるということは、ご利用者さんにとっても外の風が入り、よいのではないだろうか。

今日は、男性の入浴の日で、準備や片づけ、簡単な補助をさせていただく。昨日は、整髪のみだったので、更衣室の外での作業だったが、今日は更衣室まで入らせてもらう。高齢者の身体を観察する機会はほとんどないので、改めて観察させていただく。いつか自分も年を取とること、自分の未来であることを心に…。

ほとんどの方が、身体の麻痺や拘縮が強く、自分で立ったり、座ったりができないため、機械を使った入浴。ご利用者さんはリフトに座り、リフトがゆっくりと動き、湯船に入っていく様子は、初めてみる光景。だいたい5分の目安で、湯船に入る。長湯が好きな方は、10分ほど入るそう。ご利用者さんから、私たちに話かけてくれる人はほとんどいないですが、お風呂に入って、顔がほんのりピンク色になり、表情も柔らかくなる様子をみると、お風呂の気持ち良さと効果を感じます。しかし、スタッフは浴室の温度と湿度が高い中での介助は、重労働です。補助的な仕事しかしていない私でさえ、汗をかきながら動いていました。

今日は、初めてショートステイの方で、70代ぐらいの男性の方が来られておりました。不穏(周囲への警戒心が強く、興奮したり、大きな声で叫んだり、暴力をふるったりしやすい状態)という状態で、誰と話されていても、怒鳴っている状態。病状がそうさせるのか、心の不安がそうさせるのか、私にはわかりませんでしたが、私が帰る時まで、怒鳴っては、「家に帰る!」と繰り返していました。

同じフロアにいてその暴言を聞いていた女性(90代)が、眉をひそめながらも、「人の心っていうのは、結局その人にしかわからないからねぇ。」と私に一言。

教科書には、介護に求められる倫理という項目に、「介護者が利用者のすべてを受け入れることによって、信頼関係の成立は可能となります。介護を必要とする利用者の悩み、苦しみ、不安などの心情をありのままに受け止め(受容)、発言や振る舞いの根底にある利用者の思いに耳を傾け(傾聴)、その思いを相手の立場になって考え、感じとり、理解する(共感)ことが、介護における良い関係をつくる第一歩です」と書かれている。

介護の現場を見ていると、この「受容、傾聴、共感」ということが、並大抵のことではないことではないというのを感じています。人の心を100%理解できると思うことから、傲りが始まります。相手を「こうだ!」と決めつけることなく、客観的にゆったりと見守る目が必要です。「今日のあなたと明日のあなたは違うかもしれない、それもあなた」というような気持ちでいること、そんな姿勢が大切なのかもしれません。