お茶サークルの初釜。お軸は「宝船」

1月16日(水)14時、お茶サークルの新年最初の初釜です。

居住者の素敵なお色の着物に「きれい!」と思わずスタッフも見とれてしまいました。お茶サークルに集まった皆も「帯の色と合っていて素敵」「この色の着物、いいわね~」と、会話が弾みます。

小規模多機能 花菜の利用者さんが7名、まずはお客様でよばれます。その後、居住者9名も順々にお茶席に着き、一服。お茶を目の前で点てていただくのは、とても静かで贅沢な時間です。

1月のお軸は、宝船(たからぶね)、お花は椿。宝船は七福神が乗る宝物を積み込んだおめでたい船なので、新年をあらわす季語なんだそうです。

お軸には和歌が書いてありまして…

~長き世の 遠の眠りの 皆目覚醒め 波乗り船の 音の良きかな ~

長い夜の深い眠りから皆が目覚める。順調に進む宝船が立てる波の音が実に心地良い。というような意味と教えて頂きました。

「この和歌は回文になっているのよ」とお茶サークルのメンバーの一言に「えーっ!?」「回文って、たけやぶやけたみたいな上から読んでも下から読んでも同じものですよね?」と、言葉遊び話に花が咲きました。

初釜は、新年最初に行なうお茶会で、新年をお祝いするお茶会です。 新年を迎えられた喜びを感じながら、和気あいあいと美味しいお茶をいただきました。

素敵な仲間と豊かなコミュニティ 祝・1周年パーティ

1月20日に「ゆいま〜る那須グランドオープン1周年記念パーティ」を行いました。それに先立ち、清水国明さんと一緒にアウトドアクッキング!

↓最初に清水国明さんからダッチオーブンの説明と、料理方法を教えてもらいました。「あとは皆さんで頑張って下さい」と清水さん。さあ、何を作ろうとしているのでしょう…。

↓これはローストビーフ。ニンニクをぶつぶつ突き刺して、塩•胡椒して、野菜とともにダッチオーブンに入れました。

料理の仕込みが終わると、チェーンソーカービング。清水国明さんはログハウスをご自身で造られてきたそうですが、チェーンソーを使ったアートを披露してくれました。

↓何ができるんだろう! とみんなで見つめていると…。

↓すごい!アートです。

昼からは「記念パーティ」が始まりました。居住者の皆さんに加え、たくさんのお客さま、地域の皆さんが集まってくれました。

最初に、篠崎ハウス長が「 現在、51世帯の方々が住んでいらっしゃいます。今日は地域の方たちもたくさんいらしてくれました。清水国明さんもいらしていただき、記念に残る日となりました。料理は居住者の方や地域の方たちが用意してくださいました。おいしい料理をたくさん召し上がっていただき、またゆいま〜る那須にきたいと思っていただけたら嬉しいです」と挨拶しました。

社団法人コミュニティネットワーク理事長の近山恵子さんからは、こんな祝辞をいただきました。

「新しいコミュニティが地域の方たちに受け入れられていることが嬉しいです。テレビや雑誌でもゆいま〜る那須がたくさん取り上げられていますが、それは仕事をしたり、ボランティアをしたり、地域とかかわったりという暮らしが実現できているからだと思います。それが『当たり前』の社会になるよう、ゆいま〜る那須に学びながら私たちもがんばっていきたいと思います」

で、乾杯!

↓お料理がすばらしい! 居住者の皆さんも一緒に料理をして、それから地域の方もお赤飯や漬け物はじめ、たくさんのおいしいお料理を届けてくださいました。ダッチオーブンで作ったローストビーフと鳥ご飯も美味で、あっという間になくなりました。

それから、設計を担当した一級建築士でプラスニューオフィス代表の瀬戸健似さんから来賓挨拶。ゆいま〜る那須は栃木県マロニエ建築奨励賞を受賞したのですが、それについて「ここに住んでいる方の住まい方や生活を評価されての賞だと思います。心から嬉しいです。日本のいろいろな場所でこのようなコミュニティを広げていけるようにがんばっていきたい」と素敵な祝辞をいただきました。

↓瀬戸健似さん

続いて、建築工事を担ってくださった八光建設・代表取締役社長の宗像剛さんからも、とても素敵な祝辞をいただきました。

「僕は木が大好きで、木を大事にしていることを近山理事長が共感してくださり、たくさんの建設会社の中から僕らを選んで下さった。100年コミュニティを育むために、この建物は僕らが『ホーム・ドクター』としてかかわり続けていきたいと思います。これだけたくさんの方にお住まいいただいている建物に、こんな素敵な食事と豊かなコミュニティがある那須での暮らしに、このような形でかかわり続けられることは滅多にありません。とても嬉しいです。ここで皆さんが心豊かに暮らせるように、これからも『ホーム・ドクター』としておつきあいさせていただきたいと思います」

宗像さん(右)と近山理事長

パーティの後は、清水国明さんや那須町町長の高久勝さんによる講演会が開かれました。その模様は次回、お伝えしたいと思います。

↓居住者のUさんが作った素敵な素敵な冬の贈り物。小さな雪だるまを積み重ねて、その中にロウソクの灯り。自然に囲まれ、自然の恵みに感謝しながら暮らすというのは、こういうことなんだと思います。

 

清水国明さんと冬を体感 ニジマス10匹釣りました

1月19日、20日、ゆいま〜る那須で「清水国明さんと体感! 那須の冬暮らし」と名づけたツアーを開催しました。

清水国明さんはフォークソング・デュオ「あのねのね」で芸能界デビュー。タレント、NPO法人河口湖自然楽校の楽校長などを務めていらっしゃいます。芸能界きっての自然環境派、スローライフ実践者としても知られ、次代の子どもを見守り育む高齢者コミュニティの実現に向けて奔走されています。その清水国明さんを「ゆいま〜る那須自然楽校の楽校長」に迎え、那須の暮らしを体感するツアーをスタートしました。

↓ゆいま〜る那須自然楽校の開校式。5歳の息子さん(国太郎君)も一緒に。「自然を楽しむことが大切です。那須の豊かな恵みのもと、みなさんと一緒に楽しみたい」と国明さん

19日、雪がちらつくなか、さっそくツアー参加者や居住者のみなさんと、お隣のフィッシングパーク(フォレストスプリングス)に出かけました。この釣り場は、「魚の引きの強さ」「コンディションの良さ」「全国トップクラスの魚体」に定評があるそうです。

さっそく釣り竿を借り、ルアーフィッシングへ。すると、すぐに「釣れたぁ!」。一番乗りは国明さんでした。続いて、釣り竿を持った国太郎君の釣り竿が揺れています。

「やったぁ!釣れたぁ!!」。ニジマス。すごい! 大物です。

一堂、拍手&笑顔。

↓「森林ノ牧場」代表の山川将弘さんも参加。「釣りは子どもの頃、やって以来のこと」。とっても嬉しそうです。

昼前に雪はやみ、太陽が顔を出しました。大地に降り積もった白い雪がきらめいています。国明さんの手ほどきを受け、居住者のみなさんも次々と釣れ始めました。

「生まれて初めて釣りをしたんだけど、きてよかった!! 私、こんなに気が長いとは思わなかった」

「私の部屋からこの釣り場が見える。どんなとこだろうと思っていたけど、こんなにすてきなところだったんだ。四季折々来てみたい」

「あのね、最初にふわふわっとくるの。何?って思ったら、急に重くなって…。感激です」

大自然のなかでの開放感に加え、なんどもなんども失敗を繰り返し、ようやく釣れたときの手の感触、生きているって実感…。自然の恵みに生かされているってことを久々に味わいました。

 

↓2時間ほどで10匹釣れました。で、さばくのが大変。がんばりました。

見上げれば、そこにはゆいま〜る那須がそびえていました。映画のワンシーンのように素敵です。

(続く)

歩行測定会&健康セミナー開催~健康は歩くことから~

1月16日(水)、近隣のスポーツクラブより、スポーツ健康医科研究室の先生をお招きし、【歩行測定会&健康セミナー】を開催しました。セミナーには、27人もの方が参加され、大盛況。皆さんの健康への関心の高さを感じました。

足首を動かしたり、片足で椅子から立ちあがったり、背中の肉を意識しながら肩を回したり、ふだん使わない筋肉を鍛える簡単な方法を実演。

歩行測定会では、ひとりひとり、腰にベルトで測定器を取り付け、普段通りの歩きと急ぎ足とを実測。歩行速度や歩幅のデータから、「つまづき注意」、「転倒注意」などそれぞれに結果が渡され、皆さん、その結果を食い入るように見ていました。

少し意識して歩幅を広げるだけで、筋力や柔軟性の低下を予防できるそうです。「歩くこと」は、身近でできる誰でもできる健康法です。今回、先生にアドバイスをいただき、意識して「歩くこと」への大切さを感じました。

聖ヶ丘の周辺は、緑も多く公園もたくさんあり、歩くにはぴったりなコースばかりです。四季折々に見せる自然や空気を感じながら、自分のペースで歩くことを楽しんでいただけたら嬉しいです。

 

3月24日にオープンします!

ゆいま〜る中沢のオープン日が3月24日に決まりました。

今日は入居者懇談会を開催、9組12人の方が参加されました(詳細は改めて)。

また、長年にわたり拘束廃止やオムツ減らしに取り組んでいる田中とも江さん(看護師、拘束廃止研究所所長兼オムツ減らし研究学会代表)が参加してくださいました(写真前列右から2番目)。今後、「アドバイザー」として、私たちに力を貸していただけることになりました。

↓ゆいま〜る中沢のスタッフが勢揃い(前列中央が久須美ハウス長です)

 

新年を迎えた厚沢部から

あっという間に、2013年がスタートしました。皆さん、どんな新年を迎えていますか。

厚沢部町の年末年始は吹雪くことが多く、川が一部凍るなどとても寒い日がありました。50年位前には毎冬がこのような光景だったそうです。今年は例年よりこの時期の雪が多いようです。辺りは銀世界。厳しい自然環境ですが、この静謐をたたえた景色は水墨画のような素朴な美しさがあり、心の深いところまで何かを語りかけてくるような気がします。

しかし、ウェザーニューズの調査によると、日本で部屋が一番暖かいのは2年連続で北海道(21.38℃)という結果だそうです。北海道の住まいにとって最も必要とされるのが「あたたかさ」。住まいの「あたたかさ」を左右する断熱性能や気密性能を確保する基本性能を備えた造りになっているからです。ゆいま~る厚沢部は木材を多く使用しているので、なお、暖かさを感じることができることでしょう。

建物は外壁工事が終わりつつあり、濃い茶色の木の部分と外壁を貼った黒い部分のコントラストが落ち着いた雰囲気を醸し出しています。3月竣工をめざし、内装工事が本格化し細かな作業が増えにわかに活気づいている現場です。

隣接する小学校の児童らがふらっと立ち寄れ、子育て仲間(ママさん)のおしゃべり、休憩場所として誰もが気軽に集えるスペースを準備しています。多世代コミュニティを育む「地域開放型の食堂・共有スペース 」を皆さんに利用してほしいと思っています。

 

大病した身で 一軒家の維持は大変でした

ゆいま〜る聖ヶ丘
阿具根和毅さん(67歳)の場合

(入居:2012年2月)

阿具根さんはご両親と住んでいた一軒家からお二人を見送った後に入居されました。大病を経験し、ひとり身の先々を考えての決断だったとか。年に数ヶ月海外で暮らす、そんなライフスタイルをお持ちの阿具根さんに多摩でのニューライフについてうかがいました。

Q:入居の理由からうかがえますか?

阿具根:私は3年前に食道がんを患ったんです。それまでは元気で、1年の3分の2を海外で過ごしていたのですが、滞在先でちょっとお腹に違和感を感じて、日本に帰った時に病院に行ったら、食道がんだと言われました。すぐに手術をして、食道を取ってしまいました。胃をぐっともちあげて切り取った食道の残りと繋ぐのですが、状態としては胃がなくなったのとほぼ同じ。腸が伸びたみたいで、術後、けっこうダメージがあるんですよね。

私はひとりものなので、病状を案じた兄夫婦が、「元気になるまでうちにいらっしゃい」と言ってくれたんですが、お世話になるのは気が引ける。今さら行っても何か居にくいような気がしたんです。

それで杉並にある自宅に戻ったのですが、やっぱり体がきつい。なにか食べ物をちょっと買いに行くにも、以前だったら駅前の商店街に10分弱も歩けばいけたのですが、退院直後はそこまで行けない。数分のところにちょっとした店があるのですが、そこがやっとなんです。時間が経つとだんだん良くなるけれど、もし今度また具合が悪くなったら、これはかなり不安だなと思っていた時に、兄嫁が、「ゆいま〜る」のことを知り合いから聞いてきて、自分も知りたいから一緒に行こうと誘ってくれたんです。それで銀座で開かれた説明会に行ったんです。

ただ、正直言って、あまり入居したいという気はなかったですね。いわゆる「老人ホーム」を想像して、私には早いんじゃないかと思いました。たんだん話を聞いていると、そうじゃないということがわかってくるんですが、それでも入居希望という顔をしながら(笑)、普通のマンションもあちこち探していました。

Q:戸建てからマンションへの住み替えをお考えだったのですか?

阿具根:私は両親と一軒家に住んでいたのですが、お袋が亡くなり、数年後に親父も逝って、私ひとりには大きくて古い、雨戸を開け閉めすること1つ大変な家を維持するのがきつくになってきたんです。

それまで一度もマンションに住んだことがなかったので、今度はカギ1つで外出できるマンションに住みたいと思っていました。

私は高層の建物がきらいなので、4〜5階建ての落ち着いたマンションを探していて、杉並の閑静な住宅地にそういう物件はあったんですが、今ひとつ何かグズグズしているうちに売れてしまう。当たり前ですよね、いい物件は皆さんほしいのだから。そうこうしている時に兄嫁からここの話があったんです。

Q:説明会に参加された印象はどうだったですか?

阿具根:意外だったのは、参加されていた方が皆さん元気なんですよね。あれっ? と思ってね。介護が必要な老人施設ではなく、見守りのあるマンションだと思ったらどうかと、発想が変わったんです。今みたいに自炊して、自由に動いて、なんでも自分でやろうと思えばやれるし、具合が悪くなったらいろいろやってもらえる。それも1つだなと思ったんです。だけど、だからといってすぐに決める、ということもなかなかできなかったんですけれどね。

Q:迷われた一番の原因は何でしょうか?

阿具根:やっぱり資産の部分ですね。ある意味アパートのようなものですから、資産価値はないでしょう。だけど考えてみたら、僕は自分の財産を譲ってあげなければならない人もいないんですよね。兄の子どもたち、甥っ子はいますが、兄嫁も「私たちのことはいいから、自分のことだけ考えなさいよ」と言ってくれたので、だったら、この選択もありなのかと思えるようになったんです。

Q:入居を決心された決め手は何ですか?

阿具根:やっぱり体のことですね。また病気をしたらどうなるのかな? というのが一番不安でした。

それと本音を言えば、大病したからもう頑張らなくてもいいかな、少し楽をしたいな、だけど人に迷惑はかけたくないし、かけられない。それですね。普通のマンションに移って、病気になったらまた何処かの施設を探すなんて、考えるのがしんどくなってしまったんですよね。引越しのことを考えるとぞっとしますし(笑)。

Q:入居時のご苦労はありますか?

阿具根:ここに来た他の人とも話をするのですが、皆さん、引越しではえらい目にあっています。元の家に比べたら狭いですから、家財を始末しなければならない。だから正直な話、私はまだ杉並の家に荷持がほとんど残っているんです。ここは収納が大きいのでかなり持ってこられるけれど、部屋ががらんとした感じが好きだからあまり持ち込みたくない。ただ、元の家もそのままにしておくわけにはいかない。私がいなくなったら、結局甥っ子なりが整理するわけでしょう。それは大変だし、全部捨てるでしょう、お宝なんて大したものないんだから(笑)。ただ思い入れだけで残したりすると、あとの人は苦労してしまう。本当の話、それは迷惑ですよね。だからいずれ家と荷物の処分をしなければならない。そういう大きな仕事はまだ残っています。

Q:実際に「ゆいま〜る聖ヶ丘」に住んでみて、いかがですか?

阿具根:いいですよ。皆さん、いいと言っています。まず、場所がいい。環境がいい。隣が公園なのでちょっと出れば緑がいっぱい。

毎朝6時に起きて、近くでやっているラジオ体操に出て、そのまま公園を30分ぐらい散歩します。だいたい6000歩ぐらいかな。これがベースになっているんです。そのほか週に2回、公園で太極拳を教えてくれる集まりがあってそこにも参加しています。地元の太極拳に詳しい人が教えてくれるのですが、それが1時間。まだ始めたばかりで難しいんですが、楽しいですよ。

Q:体操のあとは1日どのように過ごされているのですか?

阿具根:体操から帰ったら、毎朝決め事で続けているのは掃除機をかけること。毎日かけなくても本当はいいんですが、1日やらないと1ヶ月やらないことになってしまうのでやります。

そして野菜中心の朝食を作って食べ、ひと休みしたらジャズギターの練習をします。ヘタなのですが、好きで続けています。

あとは午前中本を読んだりしているとすぐに昼になってしまうんですよね。昼食は下(「ゆいま〜る」の食堂)に行ってとり、午後は週に1回ビリヤードを習いに行っています。習いに行くのはきちんと基礎を教えてもらうためですが、あとは近くのビリヤード場で練習したりもします。

その他の日は片道30分ぐらい歩いて大きな町に買い物に行き、帰りにちょっと一杯楽しんだり。食道を取ってしまってから、量は飲めなくなったので、チューハイを2杯ぐらいでもう十分。夜はこのところ毎晩(有料衛星放送の)WOWOWなどで映画を1本みるようにしています。これは当たりもハズレもありますね(笑)。

Q:悠々自適の生活ですね。お仕事は何をされていたのですか?

阿具根:外資系の石油会社に勤務していましたが、合併などがあって私は50代で早期退職したんです。ちょうどその時期におふくろが病気になって入院していて、親父が一生懸命看病していた。これはいかんと私も手伝うようになったんです。親父は、「お前、働かなくてもいいのか?」と心配しましたが、「いいんだ、大丈夫」と、それで私も家にいるようになったんです。

おふくろが逝って、親父も年寄りだから一緒にいてあげなければならない。ですから7年ぐらいは一切外泊もしたことがない。どこへも行かなかったんです。8年ほど前にその親父も亡くなって、今は自由なので以前から好きだったタイの観光地のパタヤに長期滞在するなど羽を伸ばしています。

1年に数ヶ月はパタヤでホテル暮らし。夜はバーでお酒を飲むのですが、病気をしてからは少ししか飲めない。残念に思っていた時に、バーにあるビリヤード台に目が止まったんです。最初はぜんぜんできないので、他のお客さんや店の人が寄ってきて大笑い。これはつまらない。上手にならないとと思って今練習中なんです。

Q:最後に、「ゆいま〜る」への注文などがあったら教えて下さい。

阿具根:住み替えはそんなわけでとても良かったのですが、気になるのは、本当に体の調子が悪くなった時にうまくやってもらえるのかどうか、それですよね。

皆さんお元気だから、まだここでのそういう経験がありません。もしも病気になったり倒れたら、実際どういうフォローがあるのかわからない。先々うまくいくのだろうかとそんな不安がありますが、そのうちいろいろな事例が出てきてこなれていくと思います。

あの人はこうだったな、この人はこんなふうにしてもらったな、と。それを見て、自分もだんだん安心していくのだと思うんですよ。

そうやって漠然とある不安も、現実のことがいろいろ出てくると消えていく。まあ、大丈夫だよって話になると思います。

がんは5年が卒業(回復)の目安。だからあと2年。散歩をしたり、食生活に気をつけて、やがて70歳を迎える、そこが1つの節目かなと思っています。70歳から何ができるのかなと思ってね。

でも、人間って変わらないですよね。若い時は50歳の自分が想像できなかった。何をしているんだろうって。でも、50歳過ぎても、アホさを含めてやっていることが変わっていない(笑)。ずっと同じことをやっているんです。たぶん70歳になっても同じだろうなあって。それもまた面白いんですけれど。

編集部:新しい年を迎えて、日本が雪景色になりそうなころ、阿具根さんはまた旅の人かもしれません。「ゆいま〜る」のこの先に、どんなドラマが待っているのか。それも事例の1つ。だんだんこなれていくんじゃないかな、というお話がとても印象的でした。