元気な人がそうでない人を支える関係が自然に定着しているのが「ゆいま~る伊川谷」のいいところです
ゆいま~るシリーズ1号として2009年にオープンした「ゆいま~る伊川谷」。お元気なうちに住み替え、高齢期も自分らしく自由に過ごせる、施設ではない住まいを目指してきました。初期のころからハウス長として”ゆいま~る精神”を大事にしてきた田中陽子ハウス長。居住者のこと、ハウス運営のこと、ご自身のことなど、率直に答えていただきました。
――ゆいま~る伊川谷へはどのような経緯でいらっしゃったのですか。
もともと高齢者住宅とは畑違いの電気機器メーカーに勤めていましたが、リーマンショックのあおりを受けて仕事を続けるのが難しくなりました。そんな時、新聞で、島根県の看護・介護の専門学校で専門職を育てていく養成事業についての記事を読んで、興味を持ちました。介護職に就く気持ちはなかったのですが、失業保険をもらいながら無料で学べて資格が取れる、卒業のころは世の中も変わって景気も良くなっているかもしれないと考え、入学したのです。
――卒業後はどちらに就職したのでしょうか。
それまで勤めていた会社は奈良県でしたが、島根県の田舎暮らしが気に入り、そのまま学校近くの社会福祉協議会に就職、そこが運営している特別養護老人ホームの職員になりました。
勤めて少し経ったころ、コミュニティネットが運営する小規模多機能「花菜」に行ってみないか、という話がありました。
島根の環境は気に入っていたものの、休みが少なくて、和歌山の実家になかなか帰れなかったのです。職場で高齢者と接していると、同じ年くらいの自分の親のことが気になり、このまま離れているのが心配になってきました。「花菜」は兵庫県なので、実家までは日帰りで行き来できます。それもいいかなと思い始めました。
しかし、1年間は働きたいと思い、2012年3月まで島根の特養で働き、4月に兵庫県へ移り「花菜」で働きはじめました。「花菜」は「ゆいま~る伊川谷」併設の小規模多機能でした。
――最初は「花菜」の職員だったのですね。
はい、花菜のスタッフでした。ところが、2カ月くらい経ったころに、ゆいま~る伊川谷ハウス長候補に…。まさに寝耳に水でした。それまで、「長」がつく立場は向かない、自分は上の人を支える仕事が向いていると思っていました。しかし、覚悟を決めて「まあ、あかんかったらその時考えよう」と、2013年に前任から引き継ぎ、ハウス長になりました。
――それは、いきなりで大変でしたが、実際にハウス長になられてどうでしたか。
こんなにたくさんの業務をこなさなければならないのか、と驚きました。営業業務をするとは思わなかったし、建物の不具合についても対応しなければならない。スタッフの採用や評価など人事関係もですが、幅広く、ふたを開けたら、やることがいっぱい。居住者の対応だけではないのだと改めて実感しました。専門分野でないことは質問されてもわからず、「調べて連絡します」と返して、いろいろ苦労して調べたりしました。
――数年は苦労しながらハウス長業務をされていたのですね。
苦労してやってきたおかげで、そのうち見学に来た方に質問されても、答えられるようになりました。そういう経験から、「無駄なことはいっさいない」と強く感じています。私の信条になりました。
それはスタッフも同じで、居住者対応するときも、今までやってきたことや得意なことが生かせると思っています。例えば、お掃除が得意なスタッフは、居住者が困っていたら「こうすればきれいになりますよ」とアドバイスできるとか、からだを動かすことが好きなスタッフが主催して立ち上げた体操サークルもあります。それぞれがこれまでしてきたことが必ず生かせるのです。
――仕事を通して、うれしかったこと、楽しかったことはありますか。
見学対応をして入居が決まった時は大きな喜びを感じますね。また、居住者に「ありがとう」と言ってもらえることもうれしいです。
居住者は人生の先輩なので学ぶことも多く、いろいろな考え方があり、お一人お一人にそれこそ自分の信条があります。いつもニコニコ笑って自己主張をあまりしない方だけれど、よくよく話してみるとこんな強い気持ちで過ごしておられたのかとか、しっかりとした生き方や考え方を持っている方だと知った時は、そういう方が入居してくれたハウスなんだな、とうれしく思います。表面には出さないけれど、立派だなあと思う方が、ゆいま~る伊川谷を選んでくれた。そうした気持ちに応えたい、がんばっていこう、という原動力やモチベーションにつながります。
――ハウスの特徴として、どのような居住者が多いですか。
ゆいま~るシリーズ全ハウスに共通するかもしれませんが、自分のことはできる限り自分でがんばってしよう、という方が多いです。もっとフロントを頼ってくれたらいいのにという方でも、「できますよ」とがんばる方が多い。
ここで最後を迎えたいと思っている方も多く、皆さん、つかず離れずの距離を保ちながら、お互いを心配しあったり、スタッフを気にかけてくださる方もいます。自分のことだけでなく、まわりの方を気にしながら、でもおせっかいじゃなくて上手にお互い様という感じで、理想的な素敵な暮らし方だなあと思います。
――居住者同士のちょうどよい「お互い様」関係が築けているのですね。
ふつうのお互い様とは少し違って、ちょっと元気な方が弱っている方にしてあげる関係という感じです。してもらう方はなかなか返せないけれど、今やってくれている人が弱ってきたら、元気な世代の人が入ってきて助けてくれるんじゃないかと思っています。横並びでのお互い様はなかなか難しいですが、からだが弱ってきたら、ちょっと元気な人が何かお手伝いしますよ、という関係。順送りというと変ですが、そういう気持ちで自然な関係性が保たれているのがいいのかなと思います。こういう関係が出来ているのが伊川谷の特徴で、オープンして13年目ですが、定着している感じです。
例をあげると、ゴミ捨てに行ってあげる、買い物行ってあげる、おかずを持ってもっていく…。私たちスタッフもあまり気づかないのですが、そういうことがあるみたいで、まわりまわって私たちの耳に入ってきます。体調が悪い、ケガをしたという居住者に対して、さりげなく助けてくれているんだなあと、うれしく思いますね。
もちろん、全員ではなくて、してもらうのが申し訳ないからスタッフに有料でお願いする、という方もいます。ただ、初期に入居した居住者同士は10年以上という長いコミュニティを育んできているので、元気なころからお互いを知っていて、困っていたらちょっとお手伝いするという流れが出来ているのかなというのはありますね。
――地域のふつうのご近所さんみたいな関係が築けているのですね。
そういう関係を築いてほしいから、「お元気なうちに住み替えよう」というのがゆいま~るの理念ですからね。
また、自分の居室だけでなく、共用部も自分のおうちという意識があるようです。図書室の本をきれいにしてくださったり、ギャラリーの絵を掛け替えてくださる、お花を定期的に活けてくださる、こまめに水を変えてくださる、庭の草抜きなど、なんとなく自分のテリトリーみたいなところがあって、スタッフの手を煩わせないようにしてくれているんです。
地域交流の一つとして、駅前の花壇の水やりが持ち回りであるのですが、ゆいま~る伊川谷は居住者が行ってくださっています。自分の生活だけでなく、ハウスのこと、地域のことも暮らしの一部として参加してくださっているのもありがたいです。
――印象に残っている居住者はいらっしゃいますか。
みなさん、それぞれ印象に残っているのですが、ここで亡くなりたいと言って、リスクもありながら遂行する人はすごいなあと思います。ここは、サ高住ですから、介護付施設や病院に比べたら、夜は関われないし、朝の安否確認で転倒していた、というリスクもあるかもしれない。ですが、そこは本人も承知して、リスクも理解したうえで、「最後までここで」というのは、すごいと思う。ふつうは手厚く看護・介護してもらえるところへ行く人が多い中で、自分らしくありたいというゆいま~るの居住者ならではかなと思います。
また、ハウススタッフを心配して助言してくれたり、判断に困った時にさりげなく聞いて意見してくださる居住者もいます。そういう方たちの存在はありがたいですね。
――居住者とスタッフとの信頼関係がきちんと築けているからこそ、ここで亡くなりたい、助言をしたいという方がいらっしゃるのだと思います。
フロントが勝手に決めないでほしいという方もいるし、こちらが出した情報に対して考えて助言してくれる方もいる。いろいろな意見が出て苦慮することもありますが、そういうところがいいなと思います。そこも含めて、ゆいま~る伊川谷。それが「参加型のサ高住」のあり方だと理解しています。
――今後の抱負を聞かせてください。
ゆいま~る伊川谷では、これからは要介護の割合が増え続けるのでは、と心配されています。でも、私は、増えたり減ったりしながらも、すべてが要介護になることはないと思っています。ただ、常に何割かは要介護の方がいる、ということは想定して動いていかなければならないのは確かです。
具合が悪くなって急に介護度が進む、病院から退院したけれどこれまでのような暮らしは難しいという方もいます。そういう場合は、ケアマネジャーや介護事業者と情報共有や連携をとりながら、居住者に何ができるのか考えていきたいです。介護保険でできること、私たちの有料サービスでできること、ご家族がいれば家族ができること、というように役割分担を考え、本人の意思を尊重する。
伊川谷のスタッフは、5年以上勤務されている方も多いので、居住者について共有している部分が多く、いろいろと意見やアイデアを出してもらえるのが強みです。そこは今までの経験というか、ああでもない、こうでもないと言いながら、その人についてどうしたらよいか、どう対応すれば希望に沿うのか、話し合います。「前にいらした○○さんみたいな感じでいけるかな」というように。
ここではなくて手厚い介護付有料老人ホームに行った方がいいかもしれません。でも、「ここにいたい」という場合は、可能な限り力になりたい。どこまでできるか、その方のまわりの社会資源をどう活用するか、話し合い考えていきたいです。
――ゆいま~る伊川谷の自治がうまく成り立っていることがわかりました。最後に、アピールがあれば、お願いします。
コロナ禍で、お元気な方の交流がなかなかできていません。運営懇談会も、二組に分けて行っているので、一同に会する機会がなく、寂しい思いをされている居住者も多いと思います。
でも、逆に「施設ではなく住宅」なので、コロナだからと言って、外出制限、来客制限はありません。外に買い物に行くこともできるし、ご家族に来ていただくことも自由です。ふつうの住宅と同じで、施設のように制限はありません。
だからこそ、「ここでコロナを出したらあかん」と、皆さん、とても気遣ってくれています。食堂では席を離れて会話をしたり、自ら対策してくださる。とてもありがたいですね。
「志があってハウス長になったわけではない」と謙遜する田中さんですが、おおらかな面と繊細な面とが場面ごとにうまく生かされているなあ、と感じました。安心して相談できる、意見が言える存在感があります。10年近くハウス長を担ってこられたのも納得。信頼できるスタッフとともに、これからも居住者との信頼関係を築いていってほしいです。(2022/8/8 インタビュー)