まるでデザイナーズマンション?
大人気!再生した“DANCHI”の魅力
「在宅ひとり死」準備セミナー
少しドキッとするタイトルです。でも、大切なこと。
「在宅ひとり死」は、「おひとりさまの老後」の著者である上野千鶴子さんが名づけた言葉だそうです。
(日時) 8月24日(金)13:00〜16:30
(場所) きゅりあん7階イベントホール(品川区立総合区民会館)
(プログラム)
基調講演 「在宅ひとり死を支えるコミュニティづくり」
上野千鶴子さん
ディスカッション「いつまでも住みなれた場所で」
上野千鶴子さん×天本宏さん×関口祐加さん
天本宏さん 医療法人財団天翁会理事長、医師
関口祐加さん 映画監督。アルツハイマーの母親を撮り続けた話題の新作、
長編動画「毎日がアルツハイマー」は7月14日よりロードショー。
お問い合わせ・申込先 0120−352−350
主催 社団法人コミュニティネットワーク協会
ゆいま〜る中沢見学会。子どもとして、親として
6月15日、ゆいま〜る中沢の見学会でした。
参加者は11人。午後1時30分に小田急線の唐木田駅に集合しました。
現地まで徒歩で行く予定でしたが、気温と湿度が高くなってきたため、4人ずつタクシーに乗りました。現地まではあっという間。
「駅から近いのに意外と静かね」との声。
それから、みなさんとお話する時間をもちました。たくさんの質問が出ました。
例えば…。
「万一の事故や体調不良で入院することになった時、退院後の受け皿みたいなものになるのですか?」
「入居後に介護度が重くなったときでも、ずっと住み続けられるのですか?」
そして、私の胸に響いたのは、一人は男性、もう一人は女性からいただいた、
この言葉。
「母のために探しています」(男性)
「子どもたちが近くに住んでいますが、介護3になったら、私はゆいま〜る中沢に行きたいと思います」(女性)
前者の男性の言葉は、まもなく80歳になる母を持つ私の立場であるとともに、20年後か30年後に私の子どもが直面する課題。
後者の女性の言葉は、そう遠くない時に私が思うであろう心境。子どもに重荷を背負わせたくない、と。
多摩のまち、好きです
一昨日、2週間ぶりに「ゆいま〜る中沢」にいってきました。びっくりです。
こんなに工事が進んでいました。
この日は、弊社のスタッフたちに多摩の良さを味わってもらうため、多摩市内をあちこちまわりました。「ゆいま〜る中沢」の最寄り駅は小田急線の唐木田駅か、多摩センター駅(小田急・京王線・多摩都市モノレール)です。そこで、多摩センターに向かったのですが、多摩中央公園はじめどこもかしこも緑が豊富ということを、まず実感してもらえたようです。
さらに、緑に囲まれているけれど、生活するにも便利ということも伝えたかったので、大型ショッピングモール「クロスガーデン」や三越百貨店、イトーヨーカ堂なども案内しました。
一押しは、三越が入るビルの5階にある大型書店「丸善」です。920坪の売り場に、約80万冊の蔵書がそろうひろ〜いスペースですが、あちこちに椅子も置いてあり、すごく居心地がいいです。
自然が豊かで、生活の利便性もよく、本のある暮らし…。
余談になりますが、このまちには、津波や原発のために東北から避難してきた方たちもかなり住んでいます。故郷を遠く離れ、このまちに暮らすある友は「ここは緑が豊かってだけじゃなくて、人が暖かいよね。ふるさととつながるものを感じて、すごく暮らしやすい」と。
多摩の魅力と特徴はたくさんあるけれど、地方から東京に出てきた人たちがたくさん住んでいることもそのひとつ。いろいろな人が集まり、お互いの個性を尊重しあいながら、一緒に何かをつくっていく。そんな懐の深さがあるような気がします。
函館新聞 (厚沢部)
意見交換会
住む (多摩平の森)
たまむすびテラス
集まって暮らす
住む (那須)
助け合いながら、のびのび暮らす終のすみか
日経ヘルスケア (那須)
高橋社長記事(那須プロジェクトについて)
ゆうゆう倶楽部ご意見募集会で出た意見…。70歳は若い。
新緑の季節、多摩市内を歩いていると「ホーホケキョ」と、あちこちからうぐいすのさえずりが聞こえてきます。多摩ニュータウンは「歩車道分離(ほしゃどうぶんり)」といって、歩道と車道を分離した、まちづくりが行われてきました。住区にもよりますが、歩行者専用の道を通って小学校に通い、公園に出かけ、スーパーマーケットに買物に出かけることができます。車とすれ違うことがないので、多摩の子どもたちは(危険を認識する機会がないため)交通事故遭遇率が高いなどといわれることもあるようです。
このまちは、子どものいる暮らしにはとても恵まれた環境。木登りや鬼ごっこ(ドロケイ)をしている姿をよくみかけます。
子どもが暮らしやすいということは、年をとっても暮らしやすいということ。のんびり散歩したり、公園のベンチで腰掛けておしゃべりを楽しんだり、シルバーボランティアに参加したり…。こう書きながら、ふっと、数十年後の自分の姿を、このまちのなかに探してみようと思いつきました。それは、きっと「ゆいま〜る中沢」に求められていることにつながるのでしょう。
手入れができず、草がのび放題ですが…。緑に囲まれた暮らし@多摩在
前回、ゆうゆう倶楽部のご意見募集会に参加した話を書きました。今日は参加された皆さんからでた素朴な疑問と、それに対する高齢者住宅情報センターからの説明を取り上げたいと思います。
Q 利用したい時、満室という恐れはないのですか?
A 介護発生率はおよそ20%。利用の時期がずれるので部屋の確保について問題は発生しないと考えています。
Q 介護度が低い(要介護度3未満)でも利用できませんか?
A 利用できる仕組みを提案しています。ただし、その場合は一定の費用負担が必要となるでしょう。
Q 年間7日間、泊まれるとあります。どんな状態の時をイメージしているのですか?
A たとえば、風邪をこじらせたとき、入院・手術後など、自宅でひとり暮らすのが不安なときに利用できたら安心ですね。見守るスタッフがいて、医療・介護連携もあればなお安心です。
そして、参加者が一番、こだわったのは「入会資格年齢」でした。たたき台の案では45歳〜70歳となっていましたが、「70歳は若すぎるのでは…。もっと年齢上限をあげてほしい」と。確かに。70歳は若い! 回りの70代を見ていても、海外旅行にも行くし、山にも登るし、お芝居見学にもいく。そして、女は強し。高齢者住宅情報センターでは、いろいろな方の意見を聞き、それを踏まえて企画・提案するとのこと。次回、ご意見募集会にも参加し、「年齢上限」の行方を注目したいと思っています。関心をお持ちの方、一緒に参加してみませんか?
ゆうゆう倶楽部ご意見募集会:6月8日(金)13時30分〜15時
場所 高齢者住宅情報センター(0120ー352ー350)
ゆうゆう倶楽部があったら…
昨日の続きです。
ゆうゆう倶楽部ってどんな仕組み?
という基本的なことからお伝えしたいと思います。
ゆうゆう倶楽部は、社団法人コミュニティネットワーク協会・高齢社住宅情報センターが企画・提案している仕組みです。
相談室長の佐々木敏子さんによれば、目下、現在進行形で企画をつくりあげている最中とのこと。
5月12日に行われた一回目の「ゆうゆう倶楽部 ご意見募集会」では、検討を進めるたたき台として次の5つが提案されました。
1 入会金・年会費を支払う
入会金350万円 年会費36,000円
2 要介護3で、自宅から「ゆいま〜る中沢」に住み替えられる。
3 年間7日間、居室に泊まることができる。
4 入会資格年齢は45歳以上から70歳まで。
5 契約時の健康状態は自立している。
(以上は案であり、決定事項ではありません)
高齢者住宅情報センター・相談室長の佐々木敏子さん
有料老人ホームの入居一時金は一般に高額で、一定の広さの居室を確保しようとすれば数千万円の費用が必要です。
「ゆうゆう倶楽部」の考え方は、1部屋を5人でシェアするイメージです。
例えば、1750万円の居室を5人でシェアすれば、一人当たりの支出は350万円ですみます。つまり、350万円の入会金を払うことで居室を予約し、必要となったときに居室を利用できるというわけです。
これ以外の利用方法も提案されました。
例えば、病気のために手術を受けることになったとします。
今、病院は入院期間の短縮化を目指していますから、長くはおいてくれません。日帰り手術や3日で退院ということも珍しくありません。まだ足元がふらつくなか、あるいは医療機器(点滴や酸素など)をつけたままの退院は本人も家族も不安です。
そんな「病院から自宅にそのまま戻るのは難しいときに、予約してある居室で生活や介護ケアやリハビリを受けたりしながら体力を回復した後、自宅に帰る」といった短期の利用法も考えられるそうです。
そんな話を聞きながら、亡くなった父のことを思い出しました。父は亡くなる数ヶ月前までとても元気で、仕事をしていました。腎臓が少し弱かったのですが、年末あたりからむくみがでて、血圧も下がり、「検査入院」。すると、どんどん体力が落ち…。2ケ月後、医師は「症状は安定しました。もう治療することはないので、退院してください」とおっしゃる。家族はあわてました。点滴ルートをつけ、体力が落ち、一人では歩けなくなった父を家に迎える環境は整っていなかったから。訪問看護、介護の手配も間に合わなかったから。私は仕事があり、母は高齢であり…。一時的でも入居させてくれる施設を大あわてで探しました。そうこうしているうちに、父はどんどん具合が悪くなっていったのですが、亡くなる一週間前、父の強い希望で自宅に一時帰宅できました(滞在時間はわずか半日でしたが)。
自宅に帰った父が私に言った言葉は、
「ありがとう。嬉しい。なんとか元気になりたい。このまま家にいたい。(将来に)希望をもっていいのか?」
しかし、翌日からも仕事がある私は、父の希望をかなえてあげることはできず、夕方、病院に父を戻すしかなかった。その夜から父は昏睡状態に入りました。
もし、「ゆいま〜る中沢」や「ゆうゆう倶楽部」のような仕組みがあれば、「家に帰るのを目標に、ここ(居室)でケアをうけてリハビリしよう!」と言えたでしょうし、そうであれば、父も、私たち家族はどんなに救われただろう…。そんなことを思いながら、話を聞いていました。
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